いつもの舞台だった。
そう、途中までは。
この後コーディリア扮するティンクチャーの代名詞ともいえる台詞が放たれる、という寸前のことだった。
いつもの舞台だった。
そう、途中までは。
この後コーディリア扮するティンクチャーの代名詞ともいえる台詞が放たれる、という寸前のことだった。



え、


っと思ったその瞬間、同時に幾つもの事がコーディリアの身に降りかかった。
フッと意識が体に置いて行かれたような浮遊感。
周囲が闇に包みこまれる。
全身を襲った激しい衝撃。
呼吸が出来ない。
一瞬意識が遠のきそうになったが、咽込んで痛みによって戻される。
明らかにいつもと違う事が起きたことは分かったが、一体何が起きたのかすぐには考えられなかった。
周りは真っ暗だが、天井にぽっかりと四角い穴が開いている。それを寝転んで見上げている状態だった。
会場のざわめきがその穴から漏れ聞こえた。
バタバタと駆け寄ってくる音がする。



ああ、奈落に落ちてしまったんだ


自分の名を呼ぶ声に返事をしたかったが声が出ない。出そうとするとどこかしらが痛む。
身体が動かない。
コーディリアは、なぜ自分がこんな状態なのかという事より先に、自分が芝居を中断させてしまったんだ、ということに血の気が引いていく。
集まってきた人たちに何か聞かれているが彼女の頭には一切入ってこなかった。
ただみんなの顔だけ浮かび上がってみえた。
それをぼーっと見渡すだけだ。
そして、その中にケントの真っ蒼な顔を見つけて、涙が出た。
間もなく病院に運ばれたコーディリアの診断結果は、ろっ骨三本を骨折し全治三ヶ月の重症だった。
引き揚げ途中の大道具がクッションになった為、三メートルちかく転落した割には軽く済んだと言えよう。
それでもメインの役者が舞台に立てない怪我を負ったことは劇団にとっては大打撃である。
頭も打ってるから安静にと寝かせられた病院のベッドで、コーディリアは諸手続きをしにいったケントを待っていた。
今なら処刑宣告を待つどこぞの女王の気持ちが手に取るように分かる。
扉が開いた音がして、コーディリアは目線だけ向ける。



コーディリア、気分はどうだい?





ケントさん! 公演は!?


勢いで起き上がりそうな彼女の肩を押さえ、ケントは固い口調で告げる。



中止だ。
明日以降の公演もすべて中止する


彼女の表情は一瞬泣きそうに翳ったが、ぐっと唇を一度噛んで堪えた。



わたしやれます!





ダメだ!中止だ!


勢いある彼女の言葉に食い気味にケントは怒鳴る。



中止になんか出来っ……


諦めず言い返そうとした彼女がわき腹を押さえて呻く。
恐らく声を張るのも、寧ろ通常の呼吸さえも怪我に響くのだろう。



そんな状態の君に演れるわけないだろう


ケントも悔しそうに言う。
とうとう耐え切れず、ぐしゃりと顔を歪めてコーディリアは泣いてしまう。



コーディリア……


声を上げて泣く彼女を慰めようと、ケントが手を伸ばしたそこに。



コーディリア!!


病室に飛び込んでくるようにして、コーディリアの幼馴染のハムレットが来た。



大丈夫か!?


泣いているため答えられないコーディリアの代わりにケントが答える。



ろっ骨三本を骨折して、全治三ヶ月だ


その事実ながらあまりに残酷なことを告げる彼の声が、他人事であるかのように冷静に聞こえ、ハムレットの頭に一気に血が上る。



てめぇっ!


ケントの胸倉を掴み体を引き寄せる。
それはいつぞやと同じ状況だった。



危ないものに近付けさせないって言ったよな!?
どういうことだよ、これは!





……


凄むハムレットに対し、ケントには言い返せる言葉がない。
彼女にこんな大怪我を負わせてしまった。
ケントの身体がよろめく。
ハムレットに殴られたのだ。
無抵抗だったのでそのまま壁にぶち当たる。



出てけよ! 出て行け!


コーディリアは泣き続けている。



オレには何も出来ない。
何もしてやれない……


ケントは無言でその場を去るしかなかった。
彼が出て行ってから、ハムレットは深呼吸して心を落ち着かせた。
そしてコーディリアに向き合う。



コーディリア、痛かっただろう


ケントに向けた刺々しい声とは違う、優しい声だ。



オレも観ててさ、心臓が止まるかと思った


泣き止まないコーディリアの頭を撫でる。
コーディリアにとってその手は懐かしいような、心地が良いようなものだった。



なぁ、コーディリア、街に帰ろう?


両手で顔を覆ったままぶんぶんと頭を振る。
こんな痛々しい姿になってもまだ続けたいというのか。
幼い頃からずっと一緒に居て、好きなことや嫌いなことなんでも知っていたはずなのに、彼女がこんなにひとつの物事に執着する姿をハムレットははじめて見た。
自覚した途端ハムレットは切なくなった。
彼にも譲れないものはある。
それは最近知ったばかりだった。



そろそろお前の好きな葡萄が食べられる季節だろ。
なぁ、帰ろう


イヤイヤと拒否するコーディリアに堪らなくなった。
ハムレットはそっとコーディリアを抱き締める。



!





離れてから、お前のことを思わない日はなかった……


怪我に響かないように、それでもぎゅっと力を籠める。



せめて怪我が治るまでの間でいい。
一緒に帰ろう





ハムレット……


