あれから約1時間。
秋穂は授業中の小学校の入口に立っていた。
秋穂の隣には、この小学校に通う少年の姿がある。
彼の名は「ゲン」。
誘拐された少女と一緒に住んでいる小学生である。
あれから約1時間。
秋穂は授業中の小学校の入口に立っていた。
秋穂の隣には、この小学校に通う少年の姿がある。
彼の名は「ゲン」。
誘拐された少女と一緒に住んでいる小学生である。
1時間前



あれ、秋姉どうしたの…?





え、ゲン…どうして?


秋穂はゲンが家に帰ってきたことに驚いた。



ちょっと家に忘れ物しちゃってね。
とりに来たんだけど…


ゲンは秋穂の普通ではない深刻な表情をみて、何かがあったことを悟った。



どうしたのアキ姉、何かあった!?


家を出て学校へ向かうまでは何事もなかった秋穂の表情が普通ではないと感じたゲンは、秋穂のことが心配になった。



そ…それは……


ここで何を言うべきか。
本当のことを言うべきか…。
秋穂は少し悩んで、ゲンに告げた。



ついさっき電話があったわ。
……アイカを…誘拐したって…。





誘拐……!?





うん…。
1億円…1時間で用意しろって…。





え、ちょっと…なんでアイカが誘拐されるんだよ…!!





わからない……けど、急がないとアイカが殺されちゃう…。





……!!


余りにもいきなり過ぎる話に、ゲンは驚きと不安を隠せない表情をした。



ゲンはこのまま…学校へ行きなさい。
私がなんとかする…かならず。





危険だよ…!!
ひとりで行くなんて…!





でも…このままじゃ…


二人とも言葉に詰まり、少しの沈黙が部屋を満たす。
次に言葉を発したのはゲンだった。



僕も行く。
アイカを助ける。


アイカは大きく目を見開いて、ゲンの顔を見つめた。
小学生には危険すぎるとも思った。
だけど、ゲンならば…”あの時みたいに”助けてくれるんじゃないかと秋穂は思った。
校門の前に立ち、少年は視線の先にいる人物を睨みつけた。
誘拐犯である。



………。





……なんだそのガキは。


アイカの首元の布を片手でしっかりと握り締め、もう片方の腕にはナイフがしっかりと握り締めてあるその誘拐犯は、自分を睨みつけてくるその少年を睨み返した。



勝手についてきたの。
許してあげて…。





…まぁガキ一人くらいどうでもいい。
カネさえ持って来ればな。


秋穂の手には大きなトランクケースが握られている。
おそらく中には1億円が積まれているのだろう。



…一億円なんて、入ってない。
あの中はたぶん…紙切れが詰まってる…。





……ちゃんと持ってきたのか?
そうだ、ちょうどいい。


犯人は笑みを浮かべて少年をみた。



そこのガキ、オマエがそのトランクケースをこっちに持って来い。





…わかった。


ゲンは秋穂からトランクを受け取ると、ゆっくりと犯人の方へ足を進めた。



っ………。


秋穂は思わず息を飲んだ。
ゲンの思っていたとおり、トランクの中にはただ大量の紙の束が入っているだけだ。



どうか……アイカを助けて…神さま…。


そんな絶望的な神頼み。
ゲンは犯人の目の前へとたどり着いた。
そのままトランクを目の前へ置き、ゆっくりと後ろへ下がった。



ごくろうさん…さてと、中身の確認だ。


犯人はトランクの前でしゃがみこみ、ケースを開けた。
中身はもちろん…白い紙切れだ。



おい…なんだこれ?


犯人がそう言って、顔を上げた瞬間だった。
ガブッ!!!



…ッガァァア!!!


さっきまで犯人の隣でロープに縛られ、口はガムテープで塞がれていた少女だった。
ガムテープだけが剥がされ、少女が腕におもいっきり噛み付いていた。



クッソがっ…離せぇぇえっ!!!





キャッ…!!


強く腕を振りほどいた勢いで、アイカは突き飛ばされ、地面に転がる。
振りほどいた勢いでナイフが空高く飛んでいく。
ナイフは空を舞い、そのまま秋穂の足へと突き刺さった。



っ……あぁあっ!!


足に突き刺さったナイフの痛みに耐えられず、秋穂は叫び声をあげる。
犯人は痛みと焦りで曇った視界で周りを見渡す。
するとトランクを持ってきた少年と、その手に握られたカムテープが視界に写りこんだ。



あのガキ…いつのまにィ…!!


犯人は少年へ近づき、おもいっきり少年を蹴っ飛ばした。



ぐぁっ…!!


犯人は少年を睨みつけ、そのまま突き放した少女の襟首を掴み、持ち上げた。



おい…てめぇら余計なことしやがって。
コイツ、殺すわ……。





そっそん…なっ…!!


犯人はアイカの首を両手でおもいっきり締めた。
両手両足が塞がったアイカに抵抗する術はない。



うっ…ぁっ…くっるし…た…す……って…っ





くははっ…いい声で泣くよなぁ…
俺はガキの苦しむ声が一番好きなんだよ…!!


秋穂は激痛のはしる脚でアイカの元へと手を伸ばす。
しかし怪我をした脚ではアイカの元へはたどり着けない。



しね…しねよ…ははっ…!!





…っ………っ……っ!!


とうとう声が出なくなり、やがて意識もなくなり、そして、アイカの全身の力が一気に抜ける。



…お、死んだか?
はは、呆気ないぜ。


力が抜け、ぐったりとしたアイカをそこらへんに投げ捨て、犯人は少年を睨んだ。



次は、オマエだ。
スグにあのガキの元へいけるぜ。





………。





…って、聞こえてねぇか。


犯人がゲンへと迫る。



もっ…もうやめてぇ…っ


秋穂は涙を流し、足を引きずりながら叫んだ。



……ん、あぁ、じゃぁ、オマエから殺るか。





……っいや…こないで…っ


犯人は秋穂に近づくと、足に刺さったナイフを見る。
笑みを見せると、犯人はそのナイフを力いっぱい引き抜いた。



……っ!!
あっああっああああああぁぁぁああ!!


激痛の叫びをあげる。



…スグに娘の元にいけるぜ。


抜いたナイフを、首筋に…ゆっくりと…突き刺……
誘拐犯には、一瞬何が起きたかわからなかった。
首をおもいっきり絞められ、抵抗のできないまま…
ただ朦朧とする意識の中で目に映ったのは
蹴り飛ばした少年の紅色に染まった真っ赤な瞳と
悪魔を見ているかのような…先ほどの少年のものとは思えないほどの怒りの表情だった。
少年は犯人を睨みつけ、首を強く締めていた。
同じセリフを何度も何度も繰り返しながら、長い間首をただ締め続けていた。
「よくも…よくも…よくも……っ!!」
