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マシロと小人たちを連れてアサヒは問題の場所へとやってきた。
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マシロと小人たちを連れてアサヒは問題の場所へとやってきた。



この辺なのよね? あなたたちの暮らしていた場所は


小人の一人が首を必死に縦に振っている。顔は老人のようだが、小さい彼らは慣れてくると少し可愛いようにアサヒは感じられた。歩くたびにころころ転がる奴がいるのは可愛いどころか少々滑稽ではあるが。アサヒは小人から目を移し、目の前の道を見る。



あれっ、こんな深い森に道が出来てる? なにこれ……


アサヒは目の前の風景に絶句した。森は一部分がごっそりとなくなり、“何者かによって掬い取られたのかのように”、木々が根本から無くなって一つの大きな道を形成していた。その道はアサヒたちがいるところから数キロ先まで真っ直ぐ伸びていた。



これが、あの魔物の仕業なのです


小人の一人がアサヒに言う。



え、こんな大きな道を作るような魔物なの……?!


てっきり小人たちと同じような小さな魔物同士の諍(いさか)いかと思っていたアサヒは腰を抜かしそうになる。そこへ、追い打ちをかけるようにマシロが呟いた。



これは……竜の仕業だね





へっ?!


アサヒの喉の奥から変な声が出る。



え、まってまってまって、竜って……!!!


生まれてからこれまでアサヒは竜を見た事がない。それもそのはず、普段竜は山頂や湖の底といったヒトがあまり行かない場所に住んでいる神聖な魔物である。神聖な魔物といっても、良い魔物とは限らず、気性が荒く火山を噴火させたり洪水を引き起こしたりもするヒトにとって“災厄”とも呼ばれている魔物だ。



竜って……そんなの無理じゃん!


説得しに来たけれど、最初から無理な相手。そう悟ったアサヒは小人たちに謝ろうと思い、下を見る。



魔王様……! どうか……私たちの居場所を取り戻して下さいませ!


開けた口をぐっと閉じなければならない程、小人たちは真剣にアサヒへ頼み込んでいた。中には額を地面に付き添うなほど願っている小人もいる。



これは……言えない雰囲気……?!


隣にいるマシロがくすりと笑った気配がして、アサヒは振り向く。



どうしたの、魔王様。 “少しの間なら魔王の仕事やってあげる”んでしょ?


先程マシロに言った言葉をそっくりそのまま返され、アサヒはぐうの音も出ない。



……マシロはこれを狙っていたの?!


ぱちぱちと瞬きをするマシロは一見、その見た目通りに純粋無垢だ。しかし、その見た目に騙されてはいけないことをアサヒはもう学んでいる。



魔王の仕事やるって言ったけど、竜相手にどうしろっていうのよ……マシロ、あなた魔王だったんだから何か竜を従わせる魔法とかないわけ?


アサヒはマシロの様子を見ながら言った。



今の魔王は君でしょう? それに……僕にはもう魔王の力はないから





そんなこと言ったって……





まあ、君にあげた魔王の力使ってみても良いんじゃない?





魔王の力?





そう。魔王の地位を君に譲った時、魔王の力をその額に封印した。だから君は魔王の力を使えるはずだよ





本当?! それ、どうやって使うの???





うーん……普通の人間が魔王の力を使って生きていられるとは思えないけど、とりあえず使ってみたら良いんじゃない?





?!


衝撃的な事実を聞かされ、アサヒの思考が固まる。



意味ないじゃんその力……!!!!!


そもそも、ヒトであるアサヒが魔王をやる時点でおかしいと気づくべきなのだが、マシロは気にした様子もなくアサヒの困る姿をみてにこりと笑う。



これまでずっと無表情だったのに良い笑顔……!! マシロ、絶対いじめっ子だ……!


アサヒの野生の勘が告げていた。



もしかして、私、遊ばれてる?


冷や汗が出てきた。アサヒはマシロを見つめたまま一歩後ろへ下がる。マシロはその可愛らしい笑顔を壊さずにアサヒへトドメの言葉を刺した



魔王の力を持っている人が自ら死ねば、この世界から魔王はいなくなるんだよ?





人を簡単に殺さないで……!





魔王がいなくなれば世界は平和になる。だから僕は死のうとしていたわけだし





そういうこと?!





ヒトである君が竜を倒すために魔王の力を使って、その力の反動で死ねば全てが丸く収まる。魔族の僕が魔王だった時は力使っても死ねないから





いやいやいや、あのですね……





ん? どうしたの


純粋に話し続けるマシロは、とても素直にアサヒへ疑問符を投げる。その顔は、この名案に何か問題があるのかと暗に示していた。



わ、私は……死にたくありません!!!


マシロと出逢ってから、自分は叫ぶことが増えたなとアサヒは他人事のように思った。
そんな時だ、背後からかなり大きな音が鳴り響く。雷や火山の噴火かと思うほどの轟音。
アサヒが振り向くと小人が指して言った。



魔王様! あれです! あの竜です!!!


指さす方向には確かに、真っ赤な鱗で全身を覆われた、一見トカゲのようだが翼もあり、その大きさはこの森にある木々を優に越えているだろう竜が居た。



あんなに大きいの?!


アサヒは目の前の現実に震えそうになる。



…………ん? あれ?


そして、目の前の現実が想像と少し違っていることにアサヒは目をごしごしとこすって確認をした。



あれって、おかしくない??


アサヒの目の前には、丸々としたその巨体で木々を薙ぎ倒しては拾って食す所謂――かなり太った竜がいたのだった。



あの竜、かなりの暴食で、このままではこの森はおしまいです!!


小人が声を荒げて憤慨しながら言うが、アサヒの耳にはあまり入っていなかった。



太った……竜……確かに、大きいけど……





正直、あんまり怖くない?





ひぃ!!!


急に耳元でマシロが呟いた言葉がアサヒの考えていたことそのものだったためアサヒは飛び退く。マシロはアサヒを驚かしたのが嬉しいのか心なし楽しそうにしている。



きゅ、急に耳元で喋らないで!!


アサヒの剣幕にも気にした様子のないマシロ。



全く……本当に問題児だわ……





ねえ、私って今どんな魔物とでも喋れるのよね?





うん。そのはず。別に言語くらい魔王の力じゃなくても魔王の地位さえあれば理解できるからね





じゃあさ……あの竜に魔王だからってこの森から出て行けって話すことも可能……よね?





さあ、まあ話すことは可能だから話す内容次第なんじゃないかな





なら! 魔王の力使わなくても! 交渉して出て行ってもらえば解決じゃん!!





良かった……! 私死ななくても良いじゃん!


アサヒの思いつきであったが、こうして魔族のマシロや魔物の小人たちと喋っている限り問題は感じられない。



あの竜も同じように、話して分かってもらえば良いのよ……!


この時アサヒは、それがどんなに難しいものであるのかを本当の意味で理解してはいなかった。
竜のすぐそばまで行くと、遠くからみたよりもはっきりと竜が肥満であることが分かった。はちきれんばかりのお腹を揺らして物凄くゆっくりと歩いているからだ



ちょっと! そこの竜!!


アサヒは竜に呼びかける。
始めは竜の足音に掻き消されるが何度も呼びかけるうちに竜が止まって声が響いた。
のっそり、とでもいう動作で竜が此方に顔を向けた。



ここは貴方の住む場所じゃないでしょ? 自分の居場所に帰ってよ!


アサヒが少し強めに言うと、竜が瞬きを繰り返した後に口を開いた。



……アタシが何しようとアタシの勝手じゃないノ


見た目に反して高い声がアサヒの耳に入る。



私……本当に竜の言葉を理解してる……!





でも他の魔物が迷惑してるの!





フン……! そんなノ知らないワ


竜は目の前の果実の樹を一口で飲みこむとまた次の食糧へと進もうとする。



待って! 何でこんなことするの?!


その背中にアサヒが問い詰めた。



ここで上手く交渉しなきゃ……何か……何か……
あ……! そうだ!





もしかして、元の居場所に帰れない理由でもあるの?!





小人たちがそうだったように、竜も何か理由があって此処に来たのかも、まずは理由を知らなきゃ……





そうなんでしょ?! 何か戻れないような事があったなら話してみてよ!


しかし、そのアサヒの言葉は竜の触れてはいけない事柄だったようで、竜は再びアサヒに振り向くと今度の憤怒の形相でアサヒを睨みつけた。



本当……どうすれば良いの……?





あんなに急に怒ったってことは嫌な理由があって来たのは間違いないし、仕事引き受けちゃったのは私だから何とかして解決したいけど……


アサヒの息は走ってきたために荒い。小人たちも猛ダッシュした疲れからか地面へ倒れている者もたくさんいた。そんな中、全く息を乱さず飄々としているマシロがいる。



だから……アタシの勝手でショ!!!!


そしてアサヒに向かって口をぱかっと開く。カチカチと歯を鳴らし、その奥にはちらちらとオレンジ色の光が見えた。



え……?


背筋が冷え、嫌な予感がする。アサヒは走り出した。よくみると、背後にいたはずの小人たちはもうすでに走り出している。マシロだけがアサヒの傍で無表情でついて来ていた。
一拍の後、竜の口から豪炎が吐き出され、先ほどまでアサヒが立っていた場所が焼け、黒々とした炭の地面だけが残されていた。



やっぱり……! 赤い鱗で少し思ったりもしたけど、炎を吐く竜なんだ!! 私こんな魔物を説得しなきゃいけないの……?!?!


アサヒは涙目になりながら自分の不運を呪ったのであった。
…*…
アサヒは元の農村まで走って逃げ帰ってきた。



ねえ、マシロ





何?


さらりと左右非対称に伸ばした白髪を揺らしながらマシロがアサヒを見る。綺麗な赤色の瞳が宝石のようだ。



魔王の力ってやっぱり人間が使ったら私死んじゃうの?





うん


にっこりと笑みを浮かべる。その笑みは、まるで“そうして欲しい”と言いたげだ。



……どうしてマシロはそんなにも私に死んでほしいの?





うん?





だって、ちょっと前まで自分が死にたかったのに、今度は私に死んでほしいみたいじゃない……





違うよ。僕は、この世界から“魔王”がいなくなってほしいだけなんだ


白い睫毛を伏せマシロが言った。



僕が魔王だったから死のうとしたし、今は君が魔王だから死んでほしい、それだけ


アサヒの中でようやく何かが繋がった。



マシロは、魔王という地位が無くなって欲しいだけなの……?


