マザーレスチルドレンアジト・武器庫
マザーレスチルドレンアジト・武器庫
ユキオはヒラヤマの小屋から百メートル程離れた建家の地下にある武器庫に足を踏み入れた。
四方をコンクリートで固められたその小部屋は、鉄パイプ、ゴルフクラブ、有刺鉄線が巻きつけられた金属バット、大量の五寸釘が打ち込まれた木製バット。
その他諸々の本来の目的から逸脱して使用されるであろう物品が無造作に積み上げられている。
並の暴走族なら威嚇のために用いるだけであろうが、それらの使い込まれた残痕は『マザーレスチルドレン』の凶悪性を如実に物語っている。
見る者に彼らの抗争の血生臭い惨劇の有樣をいやおうなしに連想させた。
ユキオは鍵を使い奥の部屋のドア開けて進む。
扉を開けた瞬間にとオイルと火薬の強烈な匂いが鼻につく。
ユキオは手探りで壁のトグルスイッチを押し下げた。
天井の照明が付くと、そこには先程の部屋とはうって変わった光景が拡がる。
二十畳程の部屋には武器の見本市かと見紛う程、大量の銃器が整然と並べられていた。
拳銃、ライフル、スタンガンの類は言うに及ばず、自動小銃に手榴弾、呆れたことには黒光りする対戦車ロケットランチャーまで。
ここにはありとあらゆる殺人兵器が備わっていた。
ユキオは速やかに部屋の隅にあるガンロッカーを開けると目についた自動拳銃を無造作に選んだ。
ケースからマガジンを取り出すと弾丸がフルに装填されている事を確認し拳銃に装着、シャキッという金属音を響かせスライドを引くと初弾をチャンバーに送り込んだ。
！？
その瞬間ユキオの首筋にナイフが突きつけられた。
すげえ、武器の量だな。お前ら戦争でも始めるつもりかよ？
ナイフを突きつけたままユキオの耳元で言ってのけるハルトの静かだが威圧的な声であった。
……
今頃銃なんか持ち出して、お前なにやってんだ？
銃の点検しているだけだ……
ナイフの切っ先に目を吸い寄せられながらユキオがいった。
嘘つけ！ 初弾は装填されて安全装置も外れてる。引き金弾いたら弾丸が飛び出す状態だ
……
誰を殺りにいくつもりだ？
くそっ、時間がないんだ行かせてくれ、たのむ
ユキオが懇願する。
ふざけるな、銃を渡すんだ！
身動きの取れないユキオの腕からハルトは銃を奪い取った。
マスターこっちに来てくれ
ドアの方に向かってハルトが叫ぶ。
おう、大丈夫だハル、他は誰も来てない、野郎だけみたいだ───
そう言いながら表で見張っていたマスターが部屋に入ってきた。
なんだ！ ここは。兵器倉庫か！
マスターが大量の武器を見て目を丸くしていった。
こいつは銃を持って今から誰かを殺しに行こうとしていた。それが誰か聞き出してるところだ
ハルトはユキオの首をつかんで強引に跪かせる。
待ってくれ、まず教えてくれ、ノガミはどうした？
床に膝を突きながらユキオが訊く。
ああ、あのヤク中の金髪か？ 拉致部屋にころがってるぜ
マスターが答える。
殺したのか？
殺しちゃいねーよ
そうか……
今度はお前が喋る番だ
銃口をユキオに突きつけながらハルトがいった。
ああ…… わかった。いうよ、ヒラヤマさんを殺しに行くところだった……
ヒラヤマってお前らのリーダーか？ あのサングラスの大男
ああ、そうだ
ふざけんな！ なんでリーダーを撃ちに行くんだ、オメエはアイツの手下だろうが、そんな事信じると思ってんのか？
ハルトは床に胡座をかいて座り込み黙ってマスターとユキオのやりとりを聞いている。
銃口はユキオに向けたままだ。
嘘じゃねえ、姉貴が、俺を連れ戻しに来た姉貴が、ヒラヤマさんに捕まったんだ
それで？
このままじゃあ、姉貴は殺されちまう、だから俺が───たのむ行かせてくれ
ハル、どうする？
ああ、嘘ついてる訳でもなさそうだな
ハルトが口を開く。
いいか、俺は一刻も早く家族を助けにいきたいだけだ、こいつらの仲間割れなんて知ったことじゃない！
そうだよな、マスター
ハルトは頷くとユキオに向き直った。
今直ぐ車を用意しろ、そしたらお前は開放してやる、その後は勝手にすればいい
だめだ、もう時間がないんだ……
ユキオは泣き出しそうな顔でいった。
都合のいい事ばかり言いやがって、こっちだって家族拉致られてるんだ。これから埠頭に急がないといけねえんだよ！
どの船かわかんのか？
それは……
マスターが悔しそうにユキオを睨みつける。
俺は知ってる、あんたの家族が今何処に監禁されてるのかも
なんだって！ 教えるんだ、今直ぐ
マスターはユキオに掴みかかる。
駄目だ、ヒラヤマの手中から姉貴を救い出すまでは教えられない！
調子こいてんじゃねぇーぞ、てめえ！ 立場が分かってんのか、この野郎！
マスターはユキオを思いっきり殴りつけた。
あんたがどんなに痛めつけようとこいつは多分何も言わないよ
なんだって！ さっきからお前は分かったような口利くが、一体どうなっちまったてんだ。今までのハルと違って、これじゃあ全く別人格じゃねえか？
お前一体誰なんだ！
興奮したマスターが喚く。
だから、これが本当のオレだっていったろ、大体ハルトでもない、あんたが知ってるオレはオレじゃない。
それだけじゃあ、わかんないだろが！ じゃあお前は何者だ？
確かにハルトの記憶もある。だがハルトは現実には存在しない人間だ。まあ、ここでこれ以上は今話してもラチがあかない。この件が片付いたら必ず説明する。今はあんたの家族を救い出す事だけ考えよう
あーわかったよ。くそっ！
今はしかたねえがいずれ納得がいく説明をしてもらうからな
よし、じゃあ、こいつの姉貴を助け出しに行こう
オイ！ ちょっと待てよ、何だって！ ふざけんなよ、気は確かか？ なんで俺たちがコイツと一緒に行かなきゃならないんだ？ 桃太郎の鬼退治じゃねえんだよ！
なあ、アイツにはやられっぱなしだろが、あんたも俺も
そういうととハルトは立ち上がり、ガンロッカーから同じタイプの銃を取り出すと、慣れた手つきで弾倉を銃に装着しマスターに手渡した。
あんたも持ってたほうがいいだろ
……！？
呆然と銃を受け取るマスター。
いいか、安全装置は掛けてないから取り扱いには気をつけろよ
あのなあ、やけに馴れてるけど。大体、銃なんて使ったことあるのかよ？
ないよ
はぁ？ とぼけんなよ、じゃあ、なんでそんなに手馴れてるんだ？
分かるんだよ、なんとなく
そんなんじゃあ、答えになってねーよ、ハル……
銃を撃ったことはない。でも銃の基本的な構造や使い方は、何故か頭の中にあるんだ、確かな知識として。でもそれがどうしてかって訊かれてもオレにも答えられない。ってことで理解してもらえるかな？
そう言ってハルトは銃を両手で頭上に掲げると、虚空に焦点を定め見えない何かを打ち抜く仕草をした。
つい声をあげ笑い出すマスター。
全くお前はわかんねえよ、俺にはさっぱりだ
じゃあ、リベンジだ！
くそっ、わかったよ、お前にはかなわねえ。そういやあ、今思い出しがアイツには奥歯へし折られた借りがあるしな！
