マザーレスチルドレアジト・ヒラヤマ小屋
マザーレスチルドレアジト・ヒラヤマ小屋



───ったく、何やってんだ姉貴!





ユキオ、あんたこそ何やってんのよ……


ヒトミは弟のユキオに呼びかけられたような気がして目を開けた。



……夢!?


周りを見渡すと薄暗く殺風景な室内に天井から吊り下げられたランタンの炎が揺れていた。
ヒトミは床に寝かされていて背中と尻にはざらついたコンクリート床の冷たい感触があった。



ここは一体、何処なの?


事態を把握しようとヒトミは懸命に記憶をたどってみたが、頭の中は靄がかかったようで何一つ思い出すことが出来ない。



私は何をしていたのだろう?
全然思い出せない。


無理に思い出そうとすると頭の芯がキリキリと痛んだ。



うう……


腕の時計を見るために身を捩ったが、どうやら両手はタイラップ(結束バンド)で後ろ手に拘束されているようで自由にならなかった。



なんなの!?


体を起こそうと寝返りを打とうとしたがその途端に全身の節々がきしみ、体中の筋肉が悲鳴を上げる。



痛っ!


その激しい痛みでヒトミの記憶が一瞬に蘇った。



───そうだ! 事故。 車で立木にぶつかって気を失った…… じゃあ、私をここまで運んだのは誰?…… まさかあの男…… で、一体ここは……


児童誘拐の取材でこの事件に弟のユキオが関係してる事がわかった。
そして不良グループ『マザーレスチルドレン』のアジトに単独乗り込んだが、車の前に突然現れた男を避けて立木に激突。
その後の出来事は昏倒して全く覚えていない。
ここはおそらく犯人達のアジトだろう。



ここはきっと犯人たちのアジトだわ。
じゃあ、早くユキオを探さないと


たぶんユキオもここにいるはずだ。
何としてもユキオを連れ戻したい。
罪を償わせてまっとうな人生を歩ませたい。
たった一人の家族。
死んだ両親も天国できっとそう望んでいるに違いない。



───お父さん、お母さん、お願い! 私に力をください


そう祈って自分を奮い立たせると、ヒトミは部屋のドアに向かって叫んだ。



ユキオ! あんた居るんでしょ、いつまでもこんな馬鹿なことやってないで、早く出てきなさいよ!


だが何の反応もない。



……


しばらくして部屋のドアが出し抜けに開くとサングラスの男が入ってきた。
見上げるような大男、あの時ヒトミの車に立ちはだかった男だ。
突然のヒラヤマの出現に緊張感が走りの身体中の筋肉が硬直するヒトミ。



……





あんたがリーダーでしょ、ユキオを出しなさいよ、いるんでしょ!


ヒラヤマはヒトミを一瞥もせず「……ウルサイ」独り言のようにそうつぶやくと部屋の照明のスイッチをいれた。
薄暗かった部屋が蛍光管の白々とした明かりで満たされた。
ランタンを消すとヒラヤマはヒトミの前に立った。
黒く濃ゆい色のサングラス、しかしヒトミにはレンズ越しの奥で目を細めているのが見えた気がした。



あんた、さらった子供たちをどうする気なのよ!





さっきからいちいちうるさい女だ。そんな事はお前に言う必要はない、弟の事より自分の身の心配でもしたらどうなんだ?





なんでユキオが私の弟だって知ってるのよ! やっぱりあんたがユキオをこんな悪事に引き入れたのね。ユキオを返してよ!


黙ってヒトミを見下ろしているヒラヤマ。



あんたもこんな馬鹿な事はやめて自首するのよ、子供たちを返しなさい! 心配している親の気持ちが分からないの!





わからんな


ヒラヤマは声をあげて笑うとそういった。



あなたにも少しくらいは人の心ってものがあるでしょ!





うるさい黙れ!


ヒラヤマはいきなり傍らのテーブルを鉄板入りのブーツの足で蹴り上げた。
その一撃で木製のラウンドテーブルは激しい音をたてて破壊され、天板部分は虚空高く飛び上がりランタンを破砕し天井に激突して落下した。
円形天板は床に叩きつけられると廻転しながらのたうち、最後は横たわっているヒトミの背中に当たって動きを止めた。



きゃああー


ヒラヤマの激昂と背中に受けた衝撃に耐えかねて、思わずヒトミは悲鳴を上げた。



分かったような口をきくな。世界中のあらゆる社会システムはすでに崩壊している。そんな中、何が人の心だ、愚かしい。強い者が弱い者を食って生きる。これからは弱肉強食こそが最も美しい規律だ!


そう言い放ちヒラヤマは、ヒトミの身体を手荒に抱え上げた。



何をするのよ! 離して! 弟に会わせなさいよ! 早くユキオをここに連れてきて……


最後の方は泣き声になるヒトミ。



ユキオには会えない





どういう意味よ!





その前にお前はここで死ぬんだ


ヒラヤマは静かに
冷たく意味ありげな
笑いを浮かべた。
