店員が声をかける。
ヨシオカはそれには応えずせわしく店の中を窺う。
裏通り、二十四時間営業の居酒屋。
飲み足らない酔客の喧騒で溢れかえる安酒場。
低価格だけがウリで画一的なスタイルのチェーン店、庶民的な身なりの老若男女で深夜だというのに賑わっている。
へい、いらっしゃい！ 一名様でよろしいですか？
店員が声をかける。
ヨシオカはそれには応えずせわしく店の中を窺う。
裏通り、二十四時間営業の居酒屋。
飲み足らない酔客の喧騒で溢れかえる安酒場。
低価格だけがウリで画一的なスタイルのチェーン店、庶民的な身なりの老若男女で深夜だというのに賑わっている。
一番奥のテーブル席で上下ジャージ姿のノセがビールのジョッキを傾けている。
久しぶりだな
ご無沙汰してます
ヨシオカが頭を下げる。
お前んとこ最近やけに景気いいんだってな？
卑屈な笑みを浮かべてノセが訊く。
そんなこたぁないですよ、相変わらずの貧乏所帯です
とぼけやがってこの野郎。薄汚ねえボートピープル引き連れて調子こいてるんじゃねえぞ、こら！
赤い顔をして酒臭い息を吐きながらノセが大声でわめき散らす。
だいぶ飲んでますね
馬鹿野郎、飲んで悪いか！ ぜんぜん酔っちゃいねえょ！
いつまでもこんな飲み方してると身体に障りますよ
うるせえ、偉そうに！
ノセがテーブルに置いてあったビニールで密封されたおしぼりをヨシオカの顔めがけて力任せに投げつける。
差し出がましい事を言いました。すんません。それで今日は何の用件で？
おしぼりを手で受けながらヨシオカがいった。
なんだ！ てめえその言い方は───ふざけるんじゃねえぞ、大体誰のおかげで今のお前があると思ってるんだ、あぁ？
ドスのきいた声で恫喝するノセ。
ええ、感謝してますよ、叔父貴には
その感謝が足りねえって言ってるんだ、それに俺は引退したんだ。もうお前の叔父でもなんでもねえよ
まあまあ、そんなに苛めんで下さいよ
うるせぇ、孤児だったお前を拾ってやったのはこの俺じゃねえか、今度はテメエがその借りを返す番じゃねえのか！？
若い女子店員がオーダーを取りに来て話は中断した。
ヨシオカはアイスコーヒーを注文しノセはビールの御代りを頼んだ。
借金一体いくらあるんです？
大したこたぁねえよ……
そんな訳ないでしょう、こないだも高山組のなんとかっていう野郎が俺に肩代わりしろってねじ込んできましたよ。こんな目立つとこで飲んでる場合じゃないでしょう
そうか、そりゃあ迷惑かけたな……
どうするんですか？
どうするもこうするもねえよ、だからお前に頼んでるんじゃねえか
で、いくらあるんです？
まあ、ざっとこれくらいかな……
ノセが金額をいう。
そりゃ、いくらなんでも無理だ
てめぇーふざけやがって、お前にとっちゃあぁ端金だろが。それにただでくれとは言ってないだろうが、ちょっと貸してくれって言ってるんだ
ちょっと貸してくれっていう金額じゃない。大体そんな博打の借金なんか踏みたおしゃあいいじゃないですか
そういう訳にはいかねえんだよ。何だ、ああ、俺の頼みが聞けねえっていうのか？
ノセがタバコを咥えて顔を突き出す。
おう、何やってんだ、火だよ、火。見えねえのか？
ヨシオカが仕方なくポケットから金無垢のライターを取り出しノセのタバコに火をつけた。
なんだぁ、てめぇ、ふざけやがって、その厭味ったらしいライターは、一体いくらするんだ？
ノセの問いには答えずヨシオカはライターをポケットに仕舞った。
まあぁいい。でもお前、友愛党の政治家とつるんでなんかやってるだろ？
そんな根も葉もない噂話どこで聞いてきたんですか？
とぼけるなよ、ガキの誘拐はお前の仕業だろが、一体いくらの稼ぎになるんだ？
知りませんよ
フン、しらばっくれてろ。だが、そんな勝手な事やりやがって、本部のヤツらが知ったらなんていうと思う？ 破門だけじゃあすまねえだろうな……
愉しげににやけるノセ。
先ほどの店員がアイスコーヒーとビールを持ってきた。
ノセはジョッキを手渡しで受け取ると一息に飲み干した。
まあ、そりゃ、どうでもいいが、金のことだけは頼んだぜ。今ここにいるから、用意できたらなるだけ速く持ってきてくれ
ノセがアパートの住所を書いた紙をヨシオカに渡す。
いいか、しけた暴走族の頭やってイキがってたお前をここまでにしてやったのは俺だからな、よーく考えてみるんだな
そういい捨てるとノセは
ふらつきながら
店を出て行った。
