ハロルドに聞いた通り、近所のコンビニに着くなり音耶は大きな溜息を吐いた。何故なら、あまりに露骨過ぎる、カツアゲという奴が目の前で繰り広げられていたからである。
ハロルドに聞いた通り、近所のコンビニに着くなり音耶は大きな溜息を吐いた。何故なら、あまりに露骨過ぎる、カツアゲという奴が目の前で繰り広げられていたからである。



ほら、友達だろ? お金貸してくれりゃいいからさ





で、でもっ、ボク、お金はそんなに持っていないんです!





あー、そっかぁ。じゃあもう友達じゃないから殴っちゃおうかなー。友達の頼みも聞いてくれないなんて酷いなー


素行の悪そうな高校生くらいの少年二人と、彼らに挟まれた中学生くらいの少年。店員は目を逸らしていることから、恐らく常習犯なのだろうと音耶は推測する。この地区の巡回はどうなっているんだ、と心の中だけで舌打ちをしながら、音耶は不良二人に声を掛ける。



君達、本当に友達かな? 俺には恐喝にしか見えないんだけど?





あぁ? 友達に決まってるよな、おい





え、えっ……





友達だよなー? ほら、このオニーサンにも教えてやってよ





ボ、ボク……


その様子に、おどおどした少年が何度も被害に遭っているなと理解した音耶は、それならと軽く挑発をする。



ああ、心配はいらない。俺は高校生くらいの子供には負けないからね。殴らないと言う事を聞いてもらえないような人間よりはよっぽど頼れると思うよ?





えっ?


おどおどした少年――理が驚いた顔をして音耶を見る。音耶は安心させるために、理の頭を軽くぽんぽんと撫でる。ああ、割と兄に影響されているな、なんて、今更若干の羞恥心が彼の中に芽生えるが、今は気にせず利用することにする。
――美形の青年がまるでテレビの中の正義の味方の様に振る舞えば、勝手に悪役にされた不良達にとっては不快でしかないのだ。



鼻につくヤローだな……おい、健





ああ。一発殴んねーと気が済まねぇ


俺は殴る気ないんだけどね、と軽く肩を竦める音耶に構わず、健と呼ばれた不良が真っ直ぐに音耶に殴りかかる。音耶は店の中で暴れるわけにもいかないと軽く後ろに飛ぶと、そのまま後ずさるように店を出た。



今更怖気づいたって遅いんだぜ?





そう見えるなら、君らは人を見る目が無いんじゃないかな





一々癪に障るヤローだな……マジ痛い目見せてやらねーと分からねぇか


そう言って、今度はもう一人の不良が音耶に殴りかかる。音耶は最低限の動きでそれをかわしつつ、背後から向かってきたもう一人を見逃さなかった。



くたばれっ!


振りかぶられた金属バットが自身の身に届く前に、不良の胴辺りに思い切り回し蹴りを決めてやる。



うぐっ!?





何だと!?





よそ見してんじゃ、ねぇッ!


そのまま音耶は一瞬気を逸らされたもう一人の腹辺りに一撃蹴りを入れる。呻き声と共に蹲った少年の姿に、音耶はふうと肩の力を抜いた。そして、周囲を見渡し我に返る。



流石に始末書かな……。思ったより目立ったか


頭を抱えたい気分になった音耶の傍に、先程のおどおどした少年が駆け寄る。彼に気付いた音耶は、自身の不始末の事を一旦忘れることにし、服を軽く整えた。



あ、ありがとうございます! 助かったんです!





それはよかった。もしまた君に何かあったら、今度はすぐ警察とか家族に連絡するんだよ。俺、これでも警察官だからさ





警察官……制服じゃないのに、ですか?





ああ……俺はお巡りさんじゃないからね。君こそ、大丈夫? 何もされてない?





はいっ! 大丈夫です!


音耶は「それならよかった」と微笑むと、今度は不良二人の元に歩み寄り、警察手帳を提示する。



警察だ。……悪いけど、色々話が聞きたくてね。ちょっと署まで同行願えるかな?





だから、知らねぇっつの!





それとも何だ? 俺らが関係あるって証拠でもあんのか?





君らはハロルドさんの英会話教室に通っていた生徒だ。同じ教室に通っていた花野利里ちゃんについて、何も知らないなんてないだろう?





年の離れたガキの事なんて知らねぇよ! それに、俺らはほっとんどサボってたしな





ああ。だから知ってる筈もねぇ。おかしい事言ってるか、刑事サン?


事件については全く話す気が無いという態度の二人。山崎渉、中島健という名前らしい二人は近所の高校に通う二年生だという。実は度々問題を起こしていて、警察署に訪れるのも初めてではないらしい。そのせいもあってか、音耶は今回の喧嘩沙汰については目を瞑ってもらえた。



ハロルドさんから君達が利里ちゃんに危害を加えようとしたことがあるって話を聞いたんだけど、本当か?





そりゃああのガキがしつけーから……





おい、健





っと、悪ぃ





……悪いけど、言及しないわけにはいかない。何か、あったんだな?





チッ……ああそうだよあったよ! あんのガキ、チョロチョロ付きまといやがって……


苛立った様子の中島は山崎の制止も聞かず、つらつらと利里への苛立ちを口にする。聞いていると、ハロルドが把握しているよりも利里が二人に接触しようとした回数は多い。しかし、音耶が気になったのはそれよりも、初めて聞く一人の少女の名だった。



聡子の奴……あいつがもっと上手くやりゃあよかったのに……


聡子。そういえば、ハロルドの教室に通う生徒の名前に有ったような気がする。そう思った音耶は山崎と中島からの聴取を他の捜査官に任せ、ハロルドに尋ねることにした。
都村実里、山崎渉、中島健、そして、聡子という少女。確実に何かに近づいてはいるものの、まだ何かが足りないと感じる音耶は、いつもだったら介入を断るはずの兄の存在を心から欲していた。
