数日が経った。
朝のホームルームで、近藤さんが引っ越したことが告げられた。
俺は、複雑な心境で授業を受けた。
放課後になると、図書室に少し寄り、それから下校した。
しばらく歩いたところで、流山先生に声をかけられた。
数日が経った。
朝のホームルームで、近藤さんが引っ越したことが告げられた。
俺は、複雑な心境で授業を受けた。
放課後になると、図書室に少し寄り、それから下校した。
しばらく歩いたところで、流山先生に声をかけられた。



ああ、鰭ヶ崎くん。今、帰り?





えっ、はい





ちょっと先生に付き合ってくれるかな?





はい?





近藤さんのお宅に行くの





えっ? 近藤さんって引っ越したんじゃなかったんですか?





……バスに乗ってから話すわね


バスは閑散としていた。
どうやらこの方面の生徒は自転車通学らしい。



実は近藤さんなんだけど。……引っ越してないの





え? じゃあ、家にずっと?





ううん。あの、言いにくいことなんだけどね





……?





自殺、したの


流山先生は、感情を抑えてそう言った。
俺は、しばらく先生が言ったことを理解できなかった。



近藤さんが、ですか?





ええ





でも、学校じゃあ、引っ越したって





引っ越しはこれからだと思うけど、でも





それって?





近藤さんは、あの日の晩、自殺したんですって





…………


言われたことは理解できたけど、今度は実感がわかなかった。



それでこのままにしておくのも、ちょっと……だから





これからご挨拶に行くのですか





ごめんね、バスに乗ってから言うなんて。だますようなことして





いえ





副担任の私だけじゃ失礼だと思ったの。だから、鰭ヶ崎くん。何もしゃべらなくていいから、クラスの代表として先生と一緒に来てくれるかな?





もちろんです


というか、そんなことなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。



ごめんね。職員室にもいろいろあるの


流山先生は、外の景色を観ながらそう言った。――
※
近藤さんの家は、閑静な住宅街にあった。
俺は先生の後について、家にあがった。
和室に入り、お線香をあげた。
そのとき、ようやく近藤さんが死んだことの実感がわいた。
涙が出た。
止まらなかった。
先生と近藤さんのお母さんは、そんな俺を見ると、



ちょっと、ふたりで話があるから


と言ってリビングに行った。
俺を気づかって、ひとりにしてくれた。
俺は、落ち着きを取り戻すと、リビングに向かった。
ふたりは真剣な話をしていた。



……すみません


ふたりは、俺がソファーに座ると微笑んだ。
話を再開した。



お母さん、自殺の原因をもう一度おっしゃっていただけませんか?





イジメです。娘の日記にハッキリ書いてあります。みんな知ってるけどどうしようもないんだ、とも





学校に訴えられたことは知っていますが、警察には?





行きました。でも、学校には介入できないと。相手は金持ちだから訴えろと。でも学校には司法も介入できないと聞きますし、それになによりお金がかかります





あの、失礼ですがお金なら





ええ。PTA代表の方からも言われました。『学校から多額の慰謝料を払っている、娘の葬式をあげたいならその金で引っ越しをしろ、今の家に住んでる限りは葬式をあげてくれるな、自殺のことは秘密にしてくれ』と





バカなっ





ええ、バカなことだと思います。私も夫も散々怒りました。でも、夫の会社は鷹司ホールディングスの関連企業、いえ、ハッキリ申しますと子会社です。この不景気に鷹司さんに盾突くことなど、とてもできません。たとえ転職できたとしても、ここ鬼神市にある会社は、どこも鷹司さんの資本が入っていますしね





………………





それにね、慰謝料なんて1円ももらってないんですよ





え? でも学校ではっ





ええ、うかがっています。自殺のことは伏せているが、きちんと計上されていると。そういう話ですが、でも本当にもらってないんです





それじゃあ、あのお金は……


先生は息をのんだ。
すると近藤さんのお母さんは、さびしげな笑みでこう言った。



お金はね、いいんです。先生と鰭ヶ崎さんに、お線香をあげてもらいましたから。ええ、それだけでもう満足なんですよ





あ、いえっ





あなたのことは、娘の日記で読みました。鰭ヶ崎さん、ありがとう。本当にありがとう


声に涙が混じっていた。
近藤さんのお母さんは、こらえきれずに泣きだした。
俺は動揺した。
救いを求めるように先生を見た。
先生は、噛みしめるように、ゆっくりとうなずいた。
それから使命感に燃えた瞳でこう言った。



分かりました。お金を見つけて、娘さんのことをハッキリさせましょう。二度とこのようなことのないようにします





ああ、先生、そう言っていただけるだけで嬉しいです





おまかせください


きっぱりと、先生は言った。
それから彼女の肩を抱いてはげました。
そうした後に、先生は俺を連れて家を出た。
※
バスに乗ると先生は言った。



先生ね、ちょっとお金のことで心当たりがあるの





え?





先日の会議で、突然、運動部の部室棟を作ろうって話になったのよ。そんなお金は、本年度の予算に組みこまれてなかったのに、なぜか突然……





まさかそれじゃ





分からない。とにかく調べてみるわ





でも先生……


もしそのお金が近藤さんの慰謝料だとすると、学校ぐるみで悪事を働いていることになる。しかも、学園の理事長は、あの鷹司美由梨の父親である。



先生、頑張ってみるね





いやっ。……近藤さんのことは頭にくるけど、でも先生、ほんと気をつけたほうがいいですよ





大丈夫。先生、こう見えて実はW大学の政経よっ。こういったことには詳しいの





そうなんですか?





ふふっ、しかも、ディベートの講義は負け知らず。強すぎて彼氏ができなかったくらいなの





はあ


そうやって、さらりと、プライベートな情報をさしこまないで欲しい。
生々しい知識を与えないでほしい。
とはいえ。
先生が俺に気をつかって、無理に明るくしているのは分かったから、そこにはつっこまなかった。
バスがスーパー・マーケットを通りすぎると、先生は降車ボタンを押した。



じゃあ、先生。そこのマンションだから





あ、じゃあ、さようなら





お茶でも飲んでく? 104号室だけど





いやっ





冗談です。男の子を部屋に連れこんだら、教師失格よっ


先生はイタズラな笑みでそう言った。
俺の肩を、ぽんっと叩いてバスから降りた。
俺がかるく頭を下げると、先生は手を振った。
バスが発進すると、先生はマンションに入った。
俺は駅前で下りると、いつもの経路で帰宅した。
※
そして、その3日後。
放課後の中庭で、掲示板を見た俺は、がく然とした。
1年2組 副担任 流山敦子による公金横領に関する懲戒処分について
201X年X月XX日 学校法人 鬼神学園
学校法人鬼神学園は、公金横領につき、本日開催の理事会において、教職員就業規則に基づき、流山敦子を201X年X月XX日付で懲戒免職とすることを決定しましたのでお知らせします。本件につきましては、学校教育の根幹を揺るがしかねない重大な事態であると重く受けとめ、厳しい姿勢で臨むことにいたしました。このような事態を真摯に受けとめ、継続して調査及び再発防止に尽力する所存です。
