女王の謁見の間は、扉からして威圧感を与える重厚な造りになっていた。
この中では一番長身のリコの、その背丈の倍ほどの高さはあるだろう。その扉を三人で見上げる。
長く傭兵として旅をし、色んな場所でさまざまな人物に出会って来たエンリケだったが、王族と会うのは流石に始めてだった。
女王の謁見の間は、扉からして威圧感を与える重厚な造りになっていた。
この中では一番長身のリコの、その背丈の倍ほどの高さはあるだろう。その扉を三人で見上げる。
長く傭兵として旅をし、色んな場所でさまざまな人物に出会って来たエンリケだったが、王族と会うのは流石に始めてだった。



へー王様って立派なとこに住んでんだなぁ


相変わらずリコはのん気でずれた事を言っている。緊張感の無い男だ。
リコの肩に荷物のように背負われている黒髪の男は、さっきからぴくりともしない。…生きているのだろうか。



リコさん、別に女王陛下はこの部屋にお住まいではありませんよ。ここは謁見室です





へぇ~?そんなもんなのか?





では女王陛下がお待ちですんで、入りましょうか


言うが早いか、グウェンが扉に手を掛けて力いっぱい扉を押す。



え!ノックとかしねーの?!


重そうな見掛けとは裏腹に意外と軽い動作で扉が開き、まぶしい光と共に謁見室の内部が眼に飛び込んできた。



……!?


真っ先に目に付いたのは菓子に齧り付いてこちらを見て固まっている少女。
広い謁見室の奥の方、一段高くなっている所に玉座が据えられている。主の体には大きすぎるその椅子に、15、6歳程の少女がすっぽりと埋まるように座っていた。



ちょッ…開ける前に声掛けてよ!!


一気に顔を赤くして、少女が必死の形相で口元の食べかすを手の甲でぬぐっている。慌てて傍に付いていた侍女が少女の顔を拭き始めた。



あはは、すみません。お待たせしてしまいまして。おやつタイムでした?





一回外でてて!!もう!やり直して!





はいはい


言われるまま、一旦扉を閉めて謁見室の外へ出る。



…あの子が女王さま?





はい、マリーナ女王陛下様です





へえ、なんか普通の女の子だなぁ





………


すでにエンリケはうんざりした気分になっていた。
五分程待たされて今度は内側から扉が開かれる。
謁見室の中には、扉からまっすぐ玉座へと赤いカーペットが敷かれている。その両側にずらりと鉄鎧を着た兵士達が剣を下げて立ち並んでいた。
正面の玉座には、幼い女王が先ほどとは違い足を揃えて優雅に腰掛けている。



…よくきた『勇者』よ。わらわはエリアハン女王、マリーナである!


精一杯気品のある声を作って、多分用意していただろう台詞を言って満足そうに微笑む女王だったが、ぽかんと彼女を見上げているエンリケ達を見てだんだんと表情が険しくなっていく。



ちょっと、デイヴィス!注文と違うじゃない!なにこのおっさん達!





はぁ…と、言いますと





私が頼んだのは『今日が16歳の誕生日のイケメンの男の子』でしょ!勇者なのよ?おっさんじゃないわよ!?





そう言われましても、ギルド規定で傭兵として登録できるのは18歳からですし





それにほら。よく見てください、みんなそれなりに見た目もいいですよ!エンリケさんなんて胸毛もありますよ!





いやーーー!!いや!汚い!毛とか無いほうがいい!!





ええ…?あったほうがカッコいいのに…


二人の好みの違いなんかはどうだっていいが、女王の態度には少々腹が立った。馬鹿らしくなったエンリケはズボンのポケットを探り、タバコを取り出すとそれに火を付ける。
相変わらず横でぽかんと口を開けていたリコはそれに気づいて、いいのか?というように首を傾げた。



あ!ちょっと!女王の前でタバコを吸うなんてどういうつもりよ!許可してないわよ!





…あぁ?


隻眼で睨み付けると、女王は年相応の少女のように怯んで息を呑む。



黙って聞いてりゃ、どういうつもりか知らねぇが…





てめぇ、自分と年のかわらねぇ16のガキに『魔王』退治なんてさせる気だってか?


虚を突かれたといった様子で、女王は目を丸くする。



だ、だって言い伝えでは勇者は16歳の男の子だったって





御伽噺だろうが、そりゃ





戦える大人が居るのに、なんでわざわざガキを危ない目にあわせようとするんだ?ガキを守るのが大人の役目だろう





しかも理由が御伽噺に合わせたいからなんて夢見がちな理由で、ガキに命掛けさせるなんて馬鹿らしいとは思わねぇか


そこでようやく、女王はエンリケが怒っている理由に思い至ったらしい。顔を赤くして、ドレスの裾を握り締めたままうつむいてしまった。



てめぇ、女王なんて肩書きでんなとこ座ってるくせに分かってねぇな


そう紫煙と共に吐き捨てて、タバコを赤い絨毯に放り靴底で擦って火を消した。



くだらねぇ。グウェン、俺は帰るぜ


言い捨ててとっとと謁見室を出ようとした時、ぐす、と鼻を啜る音がしてぎょっとした。見れば、女王が真っ赤な顔をしてぷるぷると震えている。



ちょ…





お、怒られ…初めておこられ…





あー、泣かしましたね!女の子泣かせましたね!


グウェンがゆらゆらしながら囃し立ててくるのに非常に腹が立ったが、それも次の瞬間吹き飛んだ。



…素敵…





はあああ!?


頬を両手で押さえてうっとりした表情で呟いて、女王は妙に熱っぽい眼でエンリケを見つめている。



…女王は今年で15歳になられます





ギリOKですね!





全然アウトだから!!





むり…まじでむり…


男共の阿鼻叫喚の様子を気にするでもなく、女王は物憂げな表情で自らの薄い胸を抑えてため息をついた。



身分とか歳の差とか色々障害があると思うけど、きっと貴方なら乗り越えてくれる…そうよ、貴方が『勇者』になれば女王との結婚もありじゃない!?そうよね!





やめろ…絶対無理だから…ちょっと待て冷静になれ





この私の心を奪ったんだから、責任取ってもらうからね!





待ってっつてんだろ





決めた!来年の貴方の40歳の誕生日までに魔王の首もって私にプロポーズしに来てね!…じゃなきゃ、貴方達一族郎党みんな打ち首よ!


まるで花のように可憐な笑顔で、彼女が言い放った言葉を切っ掛けに…。
エンリケ達の旅は、始まったのだった。
