最後の殺人から三ヶ月が経った。
冬休みも明けて三学期が始まり、皆事件の事は忘れ始めていた。
……捜査は未だ続いているようだったが、村崎月代は犯人が見つからないだろう事を知っていた。
学校では、二つの噂が流行っている。
怪事件を解決する仮面をかぶった謎のヒーローの噂と、鏡の中の自分が喋りだすという噂。
月代は今、薄暗く人気のない学校の屋上近くの階段を上っていた。美術部か何かが使っていると思われる絵具の染みついた雑巾が干してある以外は何もなく、掃除の頻度が少ないのか嫌に埃っぽい。
最後の殺人から三ヶ月が経った。
冬休みも明けて三学期が始まり、皆事件の事は忘れ始めていた。
……捜査は未だ続いているようだったが、村崎月代は犯人が見つからないだろう事を知っていた。
学校では、二つの噂が流行っている。
怪事件を解決する仮面をかぶった謎のヒーローの噂と、鏡の中の自分が喋りだすという噂。
月代は今、薄暗く人気のない学校の屋上近くの階段を上っていた。美術部か何かが使っていると思われる絵具の染みついた雑巾が干してある以外は何もなく、掃除の頻度が少ないのか嫌に埃っぽい。



須森くん


須森省吾が、新聞紙を敷いて寝転がっていた。



……昨日寝てなくてね





ゴーストハンターに忙しくて?





そんなところかな


省吾は体を起こして月代に向き直ると、声のトーンを低くして言った。



忘れてくれと言ったはずだが





真夜中の鏡の話、知ってる?





……





最近、友達の様子がおかしいの





三組の鈴木薫と六組の中村霧子が?





――!





今回の事件については把握している。
……直解決する





……もう一つの方は? 噂のヒーローさん





……把握してるよ、だが……。いや


省吾は言葉を切ると、値踏みするように月代を見た。



いずれにせよ、あんまり僕に関わってほしくない


…………
………
……
…
だが。



あれは私じゃない


真夜中、十二時ジャスト。
少子化の進行で七年前廃校になった郊外の小学校の校門に、省吾は立っていた。
右手には刀を持ち、顔には神代の面が貼りついている。
より没個性的に、より最大公約数的に。
『私』という一人称は、省吾が自分に課したルールだった。
戦って傷つく人間は少ない方がいい。
英雄など存在すべきではないのだ。
より儚く、希薄に、記号のように。
戦っているのは須森省吾ではなく、英雄という記号なのだ。
戦うのは自分一人でいい。
自分はそのために戦っている。



好ましい状況ではないな


自分以外に、怪現象を狩っている何者かが居る。
……悩んでいても仕方がない。
鏡の怪談の内容は、深夜に鏡を見ると映った自分が喋りだし、自分を鏡の中に引きずり込んで入れ替わってしまう、というものだった。
噂の出どころは、この廃学校の大鏡だ。
この学校が廃校になる前に流行っていた七不思議の一つに、類似した怪談があった。
校門には錆びた錠がかかっていたが、殴りつけると鈍い音と共に落ちた。
大鏡は、北側の校舎の二階から三階に上がる階段にかけられている。
校舎に入ると、あちこちの雨漏りが床を腐食させて足場を奪っていた。
階段を上がる。大鏡は、下調べ通りの場所にかかっていた。
鏡の中には、コートを着て面を被った男が映っているだけだ。



雨は嫌いか?


聞き覚えのある声が、鏡の中から響く。
それが自分の声であることは理解できたが、頭蓋骨を通さずに聞く自分の声にはどこか違和感があった。
鏡の中の自分は、淡々と言葉を紡ぎ続ける。



他人が嫌いか?





女が嫌いか? 男が嫌いか? 年寄りが嫌いか? 学生が嫌いか?


鏡の中から手が伸びて、省吾の肩を握る。



この街が嫌いか?





大嫌いだ


答えると同時に、肩にかかった手を掴み、鏡から自分の鏡像を引きずり出す。
現れたそれはすぐに省吾の形を失い、黒い影に姿を変える。
刀を黒い影に振り下ろそうとした瞬間、衝撃が省吾に走った



……⁉


何者かが、横から省吾を蹴り飛ばしたのだ。
体制を整え、刀を構え直す。
低く構えた省吾を見下ろすように、オペラか何かに出てきそうな面を被った男が剣を構えて立っていた。中世の騎士が持っているような剣だったが、刀身は昨日作られたかのように輝いている。



この街の英雄は俺一人でいい


振り下ろされた剣を、刀で受け止める。
剣を跳ね除けた瞬間、男の姿が消えた。



何……


次の瞬間、視認できないほど高速の何かが省吾を突き飛ばした。



ぐっ


男が再び省吾の前に立ち、剣を構えて見下ろす。



お前は邪魔だ





加速できるのか?


言いながら、不意打ち気味に刀を振るう。が、もうそこに男の姿は無かった。
再びの横からの衝撃に、成すすべなく転がる。



う……


三度目の攻撃は斬撃だった。刀で辛うじて受け止めるが、衝撃を殺しきれない。
迷う時間は無い。
省吾は攻撃に移るふりをして、窓を突き破って雨の降る闇夜に身を躍らせた。



ありがとう……でいいんですかね? 皆、元通りになりました





……そうか


薄暗い屋上近くの階段で、省吾は月代の話を聞いていた。
あの男は宣言通り、怪談を解決したようだった。
英雄として。



……好ましいとは言えないな


