それは、紅葉舞う季節の最中。
大勢の大人達が父を訪ねて屋敷を訪れた事があった。内容はよくわからなかったが、おそらく自分の事が話題に上がっていたのだと記憶している。
私は近く、真風(さなかぜ)の三代目を襲名する。真風の家は当主を継ぐのに性別や年齢は関係ない。すべからず己の実力が物を言う……と、常々父に言い聞かされてきた。とは言え、父と母の間には私しか子供はおらず、当主を継ぐのは半ば必然だったのだけど。
それは、紅葉舞う季節の最中。
大勢の大人達が父を訪ねて屋敷を訪れた事があった。内容はよくわからなかったが、おそらく自分の事が話題に上がっていたのだと記憶している。
私は近く、真風(さなかぜ)の三代目を襲名する。真風の家は当主を継ぐのに性別や年齢は関係ない。すべからず己の実力が物を言う……と、常々父に言い聞かされてきた。とは言え、父と母の間には私しか子供はおらず、当主を継ぐのは半ば必然だったのだけど。



良いか、我が娘よ。我等、真風の一族は皆、武田と真田の為に尽くす事を忘れてはならぬ。
お前はこの乱世を沈める礎と成れ。小さなお前には酷な役目、しかし全ては仕えるべき主達の為に


父の言葉に異を唱えた事は無い。それが本当に正しいのか――おそらく、私達の存在はそれ以前の問題なのだろう。
仕えるべき主の為に。それは決して珍しい事ではない。初代である祖父も、現当主である父も、そうやって生きてきたのだから。



「心得ています父上。全ては仕えるべき主の為に」


覚悟は既に決めている。それらも含めて私は父に告げた。
当主となる覚悟も、責務も。そして、主の為に生命を賭ける事も。



そうか、流石は俺の娘だ


そう言った父の顔が、何故だか少しだけ寂しそうだったのを覚えている。
大勢の大人達が屋敷を訪れて、私は屋敷の中庭で蹴鞠をしていた。いずれ当主を継ぐとは言え、大人の難しい話はよくわからない。



ん?


そんな時、近くから誰かに見つめられている様な気がして何気なく振り返る。
中庭の大木の横に知らない男の子が立っていた。真っ直ぐと私の方を見ている。
誰だろう? 大人達が連れて来た子供なんだろうか。鞠を持ったまま私も男の子をジッと見つめる。



えっと……


男の子は何故か顔を赤くしながら俯いてしまった。



こんにちは


私は男の子の方に歩み寄って挨拶をする。



こ、こんにちは


ポツリ、と呟く様に挨拶を返してくれた。私は首を傾げながら彼に問いかける。



貴方は誰?


男の子は更に声を小さくして俯いてしまった。
内気な子なんだろうな、きっと。年は私と同じ位だと思うけど。



ねぇ、貴方は蹴鞠が出来る?





え?





私が教えてあげるから一緒に遊びましょう。大人達の話は難しくてよくわからないわ


先手必勝、と言わんばかりに私は鞠をポーン、と蹴り上げる。



え、えいっ


男の子は慌てながらも私が蹴った鞠を蹴り返す。
それは綺麗な放物線を描き、私の下へと戻ってくる。



――弁丸、ここにいたのか


縁側から聞こえた一声に反応し、私は蹴ろうとした鞠を両手で受け止めた。
弁丸? 私に向けられた言葉ではない。となると……



あ、兄上っ


男の子は満面の笑みを浮かべて縁側の方に走っていく。見てみると、そこには別の男の子が笑みを浮かべて立っていた。
兄上、と呼んでいた。二人は兄弟みたいね。私は一人っ子だから兄弟とかそう言うのはよくわからないけど……



君は?


男の子のお兄さんが私に気付く。私は鞠を持ったまま頭を下げた。



あ、もしかして……





兄上?





弁丸、この人は真風の三代目だよ


私の素性を知っている? 正確に言えば継ぐのはもう少し先の話になるのだけど。



初めまして。私の名前は源三郎、この子の兄です。ほら、お前も挨拶を





は、はい


弁丸と呼ばれた男の子は顔を赤くしながら頭を下げる。



僕……僕の名前、弁丸です。
あの、ごめんなさい。三代目だって知らなくて、それで


何だか今にも泣き出しそうなこの子が可哀相に思えて、私はそっと弁丸の頭を撫でてあげた。



大丈夫。私が三代目を継ぐのはまだ少し先の話。だから、そんなに畏まる事は無いわ





あ……





ん? どうした弁丸。顔が赤いぞ





あ、赤くありません!


弁丸は縮こまる様にお兄さんの背中に隠れてしまった。何かいけない事をしてしまったのかな?



この子は恥ずかしがり屋なんだ





そうみたいね





決して君の事を嫌っているワケじゃないから


サァ、と優しい風が吹く。



君となら上手くやっていけそうだ


源三郎は右手を私に差し出す。意図を理解し、私は彼の手を握り返した。



共に戦おう。仕えるべき主の為に


仕えるべき主が為に。
私は、その為の存在であれ……それが真風の務め。
