線路を跨いで繋がる、駅内の連絡通路にもいくつかの店が軒を並べている。
線路を跨いで繋がる、駅内の連絡通路にもいくつかの店が軒を並べている。
そのうちの一つで、木根原は一歩だけ足を止めた。
そこは生活雑貨やぬいぐるみを扱う店の前。ショーウインドウには可愛らしい縫いぐるみが山のように飾られている。
その縫いぐるみに、『指令書』に書かれたもう一つの指令を思い出し、勇太は慌てて肩のリュックを下ろし、中に入っていたプレゼント包みを取り出した。
先程の洋菓子店で渡しそびれてしまったので、これを渡すタイミングは多分ここだろう。



……ほら


半ば押し付けるように、紙包みを木根原の腕に置く。



……え?


木根原は今日二度目の当惑の表情を浮かべた。



これ、は?
開けて、良い、の?





ああ


勇太の目の前で木根原がもどかしげに包装を解く。出て来た物に木根原は「わっ!」と声を上げた。
木根原の手の中にあるのは、横のショーウインドウに飾られているものと同じ、柔らかい猫の縫いぐるみ。木根原を待ち伏せる前に、勇太がこの店で買ったもの。



これ、本当にもらって良い、の、です、か?





もちろん


当惑する木根原に、静かに頷く。
勇太の表情を確認する仕草を見せてから、木根原はその柔らかな毛にそっと頬擦りをした。
渡された予算の関係で小さなものしか買えなかったが、それでも、木根原はこんなに喜んでくれた。そのことが、勇太の心を温かくしていた。



ありがとう、勇太さん





……いや


頭を下げる木根原に、勇太は照れながらもはっきりと言った。



兄貴と、勁次郎さんと、三森に頼まれたんだ


この計画の発案者はこの三人だ。勇太は全く関与していない。これだけははっきりしておかないと、三人にも、そして木根原にも悪い気がする。



多分、クリスマスカードとクッキーのお礼だと思うぜ





そう? そう、なの?


勇太の言葉に、木根原は腕の中の縫いぐるみをぎゅっと抱き締めた。



何か、すっごく、嬉しい、です


見ると、木根原の目がうっすらと涙で濡れている。



大好きな、人たちに、大切にされているのが……


そんな木根原の様子が、勇太の何かを動かした。おそらくこれが、流行りの歌に歌われているような『クリスマス』、なのだろう。勇太は一人、こくんと頷いた。
そして。
衝動のままに、微笑む木根原の肩に手を置く。
だが。次の瞬間。



……あ


おそらく勇太の行為に困惑したのであろう、木根原の肩が、勇太の手を振り解く方向へと動く。
自分の行動にも、その後の木根原の行動にも、勇太は正直驚いていた。しかしながら。顔を真っ赤にして下を向いた木根原に、当惑は全て吹き飛ぶ。



あ、あの、ごめんなさい……





謝らなくて良いよ


明らかに悄気返った木根原の声を、勇太は軽い声を出して制した。
考えてみれば、『カノジョ』でもない木根原に馴れ馴れしい行為をした自分が悪いのだ。
だが、一度生じた胸の当惑は中々消えてくれない。



もう、帰ろうか


それだけ言うのがやっとだった。
そのまま二人は押し黙ったまま、木根原の下宿先に向かった。



……





……


勿論、手すら、繋いでいない。そのことが、勇太の心を最大限まで降下させていた。
やはり、木根原は、勇太のことを好きではないのだろう。友達としてはみているが、『カレシ』としては、考えられないのだろう。諦念が、勇太の心を支配していた。
だが。



……


下宿先の玄関の前で、木根原は勇太の手を少しだけ握る。



き、木根原……?


勇太が当惑するより前に、木根原は勇太から手を離した。



ありがとう
また、来年!


その言葉だけが、耳に響く。
勇太の目の前で、木根原はくるりと向きを変えて家の中へ走り去ってしまった。



……


後に残ったのは、呆然とする勇太のみ。



……また、来年、か


やっとそれだけ、呟く。
勇太は駅まで、元来た道を歩き始めた。
心は淋しかったが、それでも少しだけほんわかと温かい気持ちが心の隅に残っている。その温かさを、勇太は静かに感じていた。
