〜回想〜



はぁ、鬱だ……死のう





平日の昼間の公園で、僕は一人そうつぶやいた





僕は丸山太(まるやまふとし)。今年二十歳になる浪人生





浪人生がどうして平日の昼間からこんなところにいるかというと……


〜回想〜



今日も予備校か……ああ、毎日勉強ばっかりでしんどういなぁ





おいおい、兄ちゃん、どこみて歩いてんだ、あぁん!?





す、スイマセン





勝手にぶつかってきたのはそっちだろ……





おうおう、他人様にぶつかっといてその態度はなんだよ、アン?





す、スイマセン





スイマセン、じゃねえだろよぉ、こういうときはさぁ





え、ええと……と、いいますと、なんでしょう?





財布出せや





え?





さ、い、ふ





あ、これカツアゲだ





さっさと出せっつってんだろが!!





は、はい……





チッ、こんだけかよ。しけてんなぁ……まぁいい、これはもらってくぜ





ま、待ってください! せ、せめて定期は——





アァン? 文句いってんじゃねえぞ、この野郎!!





ああっ


〜回想終わり〜



そうして定期の入った財布事カツアゲされて殴り飛ばされ、一文無しになった僕は、予備校に行くことも出来ずこうして近所の公園にいるのだった





どうしよう、親に『カツアゲされたから定期買ってください』なんて絶対に言えないし……





僕にもっと力があったら、あんな風に怯えなくて住むのに……





なーんて、絶対に無理だけど……はぁ





公園のベンチに座っていると、前方から大柄な男の人がこちらに歩いてくるのが目に入った





……





うわー、あの人、すごい筋肉だ……歩くたびに、筋肉が引き締まる音がする





あんな筋肉があったら、こんな惨めな思いをしなくてもすむんだろうなあ





そこの青年





は、はい、なんでしょう?





これはキミのだね





あっ、僕の財布!





先ほどの場面を目にしたものでね。黙っていられなくて、取り返してきてしまったよ





ありがとうございます! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!





なに、たいしたことではないよ





いやいや、そんな! あんなおっかない人に立ち向かえるなんてすごいです!





……





やっぱり、こんな筋肉があったらあんなの相手でも怖くなんかないんだろうなぁ……っていうかそもそも、カツアゲ自体されることがないのか





……





それに引き替え僕は、勉強もダメだし、腕っ節もからっきしだし……本当にどうしようもないダメダメ人間だなぁ





キミ





え、あっ、スイマセン! なんでしょう? あ、そうだ、お礼! お礼をなにかさせてください!





そういうためにしたわけではないから、気にしないでくれ





そう……ですか





それよりもキミは……筋肉が欲しいのか?





え……はぁ?





さきほどから私の肉体をじろじろとみているようだが





あっ、す、スイマセン!! すごい筋肉だったのでつい





僕もそんな筋肉があったら、カツアゲされないのかなぁ……とか思ってしまって





キミはなかなか良い体をしている。望むならば、私を超える筋肉をも手に入れられるだろう





え……そ、そんな。無理ですよ、僕には





無理などない。筋肉は、望んだ者に応えてくれるのだ





筋肉が応える……?





なにいってんだこのおっさん。やっぱり脳筋は思考がおかしい





キミは、筋肉を勘違いしてはいないだろうか?





勘違いといわれても……





筋肉は筋肉だろう……?





キミは筋肉を『運動能力を引き上げるため』に必要なもの、という風に考えてはいないだろうか?





まぁ、そうですね。そうだと思います。筋肉トレーニングとかは、スポーツのためにやるものでしょう?





それは違う





違うって……どういうことですか!





キミの身体を動かしているものはなんだ?





それは…………筋肉、ですが





そうだ。キミを生かしている心臓も筋肉だし、手足を動かしているのも筋肉だ。だが筋肉の役割はそれだけではない





キミが今、そこにそうして座っている。それを為しているのも筋肉だ





言われてみると……そうですね





つまり、筋肉とは人間そのものなのだよ





……極端すぎだろ





まぁ、今のは極端な例だがね





……





先ほどの話に戻ろう。筋肉を鍛えるというのは、腕力がつくということ……つまり、格闘技やスポーツで強くなるためのものなどと思ってはいないだろうか?





違うんですか?





もちろん、そういった効力もある。だが、筋肉を鍛えることはもっと根本的な部分に紐付けられるのだ





簡単に言おう。筋肉を鍛えれば、毎日の生活がとても楽になる





生活が?





例えば……キミは学生か?





……浪人生です





なるほど……ならば、勉強する際長時間机に向かうだろう。肩こりや腰痛に悩まされることは?





そうですね、ここ数年ずーっと肩こりはとれないですし、腰もよく痛くなります





その原因は筋肉の不足だ。先ほどもいったが、姿勢を保つのも筋肉の役割だ。それが不足するから姿勢が歪み、一部分に負担がかかるため肩こりや腰痛になる。きちんと首回りと腰回りの筋肉をつけてやれば姿勢が改善され、肩こり腰痛も軽減するだろう





なるほど……





他に、今キミが抱えている悩みはあるかね?





……勉強が出来ないんです。もう二浪しているっていうのに、全然





原因はわかっているんです。毎日毎日、時間があると思って、結局いろいろな言い訳をして勉強から逃げてしまっているんです。こんな自分を直したい





その悩みも、筋肉を鍛えることで治るだろう





本当、ですか……?





ああ。キミの悩みはすなわち『やらねばならぬことから逃げてしまう』ことだろう





はい……





ならば簡単だ。筋肉を鍛えることは、自分を鍛えるのに最適なのだ





筋肉を鍛えることで生まれる一番大きな効果は……自信が生まれることだ





自信?





ああ、筋肉=人間。すなわち、筋肉を鍛えるというのは、己という人間を鍛えることと同義。続けていれば、己の人間性が鍛えられ自信もつく





おぉ





さらに、筋肉の良いところは、自分の努力が目で見て分かるところにある。鍛えれば鍛えた分、しっかりと筋肉は身に着く。それを実感できるからこそ『自分はしっかりとやれる』という自信がわいてくるのだ





さらに男性であれば、男としての自身もつく。これは言わずもがなだな。やはり、男は肉体的に強くあらねば自信を持てない生き物なのだよ





確かに、そうだ。僕は自分の力のなさを理由にカツアゲに反抗する意志も投げ出してしまっていた





どうだろう、キミも筋肉を鍛えてみる気になったか?





はい!





ならば『筋肉教』へと入るがよい





筋肉教?





そうだ。『筋肉教』は、筋肉を鍛えることで己を内外ともに鍛え、それを全人類に布教することで世界平和を実現しようという、素晴らしい団体だ。会員になれば、無料でトレーニングサポートや各種特典が受けられる





急にうさんくさくなってきた……





うさんくさいと思うだろう?





あはは





これを見ろ





この写真は……?





これが以前の私だ





!!!???





私は、かつて力に頼らない世界を目指した。力ではなく言葉をもって、平和を勝ち取ろうとしたのだ





しかし、それだけでは世界を救うことは出来なかった。それだけではダメだったのだ





……





そして私は考えた。圧倒的な暴力に立ち向かうには、どうしたらいいか。もっと自身を向上させるにはどうしたらいいか





その結果辿り着いたのが、筋肉だった





どのような暴力にも屈しない、頑強な肉体を手に入れる……それこそが非暴力を貫き通す唯一無二の方法であると、私は気づいたのだよ





……





そして、そこから積み上げること数十年……研究の末に作りあえげたのが『筋肉教』だ





なるほど





信じる信じないはキミの自由だ。入るのも入らないのもキミの自由だ。だが、約束しよう。『筋肉教』に入れば、キミは必ず救われる





……僕にも、本当にできるでしょうか?





ああ、もちろん。筋肉は誰にでも平等だ





わかりました





よろしく、お願いします!!





こうして僕は『筋肉教』に入会することになった!


