その村には、代々「終末の刻を告げる巫女」が生まれる。先代の巫女、サライおばばが100歳でなくなった次の日の朝、クララが生まれた。
その村には、代々「終末の刻を告げる巫女」が生まれる。先代の巫女、サライおばばが100歳でなくなった次の日の朝、クララが生まれた。
クララは、透き通る蒼空のような髪で、村の誰もが振り返るような美少女だ。
けれど、クララには大きなハンデがあった。彼女は歩くことができないのだ。
クララだけでない。サライおばばも、その前の代も、代々「終末の刻を告げる巫女」は皆、歩くことができなかった。
村の言い伝えでは「終末の刻を告げる巫女」が立って歩いた時、世界はその終末を向かえると言われている。
もっとも、そんなことはありえない。もう10年も一緒にいるけれど、クララが車椅子から立ったことなど一度もない。
何でそんなに長く一緒にいるのかって?なぜならクララはオレの妹だから。オレ、ピーターの妹が「終末の刻を告げる巫女」クララなんだ。



おにいちゃん?一体どうしたの?





べ、別に……外を眺めてただけだよ





ふーん……変なお兄ちゃん


巫女と言われるだけあって、クララは時折、カンが妙に鋭い。まるで心の中が見透しているかのような反応を見せる。



まあいいわ。お兄ちゃん、私、お散歩に行きたい!





そ、そうか・・・・・・いいよ


オレには1つだけ、両親からきつく言いつけられている、クララのことで絶対に守らなければならないルールがある。
いつ、どんなときでも、クララが「お散歩に行きたい」といったら、村はずれの古代遺跡に連れて行かないといけないのだ。
他の場所ではダメなんだ。絶対に村はずれの古代遺跡でなければならない。
クララはそこで、いつも一人何かに祈っている。その姿は確かに「終末の刻を告げる巫女」そのものだ。



ねえお兄ちゃん





何だ





私達が行く遺跡って、いつからあるの?





えっ、そんなことも知らずに毎日通ってたのか?





へへ





今から1000年前、古代王国時代の神殿って言われてるぞ





すごい~お兄ちゃんってモノ知りだね!





そ、そんなことねえよ





ほ、ほら・・・・・・もう着くぞ!


小さな村だから、少し歩くだけですぐに遺跡には着いてしまう。本音をいうとクララには一人で行ってもらいたいのだけれど。
その遺跡は、途方もなく大きくこの村がいくつも入るほどだ。ほとんどの村人は、遺跡の入口までしか入ったことはない。
オレ達が行くのはもう少し先、古代の祭壇のあるところまでだ。
そこで、クララが祈る間、オレは周囲を探索するのが日課になっていた。



無言で祈っている……





さて、今日は西の方でも調べてみるか





何だこの壁は……光っているぞ!


その壁の一角は、まるで宝石のように光り輝いていた。不思議に思ったオレは、無意識のうちにその壁に触れてしまった。



な、なんだこれは!





クララ、クララは無事か!


とっさにオレは光る壁に背を向けクララの元へ走りだしていた。言いようのない嫌な予感がしたのだ。
クララは祭壇の前でまだ祈っていた。しかし、その姿はオレが今まで見たことがないものだった!



ク、クララ……。





שמי אסתר……


いつものクララの豊かな表情は失われ、その瞳は赤く爛々と輝いている!さらに驚くべきことに……。
車椅子の上にクララが立っていた!



ク、クララが……立った!


いや!違う!クララは立っていなかった!
車椅子の上に浮かんでいた!!
オレの背筋に冷たいモノが走るのを感じた。
ひょっとしたら本当に世界が終わるのではないか……。
と、そのときクララがゆっくりと口を開いた。だがその口調は、まるで感情のない機械のようだった!



我ヲ蘇ラセシ若者ヨ!悔イ改メヨ!終末ノ刻ハ近ヅイタ!





ク、クララ……





終末ノ刻ハ近ヅイタ!終末ノ刻ハ近ヅイタ!最期ノ審判ガ始マル!





最期の……審判……





王国ニ忠誠ヲ誓ウ者ハ永遠ノ命ヲ授ケラレル





王国ニ叛ク者ハ永遠ノ苦シミヲ味ワウダロウ





クララ、クララしっかりしろ!





無礼者!我ハソノ様ナ名デハナイ!我ガ名ハ「エステル」





これは……古代王国の呪いなのか!





我ニ使エシ巫女ノ魔力ヲ用イテ、コレヨリ最期ノ審判ヲ行ウ!全テノ臣民ハ悔イ改メ、我ガ王国ニ永遠ノ忠誠ヲ誓ウノダ!





終末ノ刻ハ近ヅイタ!


そう言うと、クララは空高く浮かび上がった!もはやその姿は、オレの知っている聡明な妹ではなく邪悪な化け物そのものだった!



ど、どうすれば……





助けて!助けてお兄ちゃん!


そのとき、オレの心にクララの声が聞こえてきた!



クララ、クララなのか!





呪文を!祈りの呪文を……!





呪文……


そのとき、幼い頃のサライおばばの話を思い出した。サライおばばは「遺跡の中で悪魔に出会ったら神を称える祈りの呪文を唱えなさい!」と、オレに古来より伝わる呪文を授けてくれた。
オレは意を決して、祈りの呪文を唱えてみた!



エリ・エリ・レマ・サバクタニ





な、何だこの光は!


次の瞬間、突如現れたまばゆい光がクララを包みこんだ!



אבל העובדה שמה!





突然、クララは車椅子に倒れこんだ





クララ、クララしっかりしろ!





お、お兄ちゃん……私





大丈夫か!しっかりしろ!





うん、大丈夫……





よかった。ここは危険だ!早く家に帰ろう!





うん、おうちに帰る


正気に戻ったクララが車椅子を動かそうとした瞬間、奇跡が起こった!



ク、クララお前……





何?お兄ちゃん?





いつの間に立てるようになったんだ……





え、何……





あ、私……いつの間に





どうして……


クララは、車椅子の前に立っていた!
まるでずっと前からそうだったかのように!



クララ、クララ~!





お兄ちゃん~!


オレとクララはしっかりとお互いを抱き締め、神のご加護に深く感謝した。
クララが歩けるようになっても、世界はその終末を向かえることはなかった。「終末の刻を告げる巫女」の伝説は、古代王国の呪いが長い歳月のうちに誤って伝えられたものだったのだ!
そして、それ以降「終末の刻を告げる巫女」が現れることはなかった。オレたちこの村の住人は、古代王国の呪いから解放され、神のご加護の下で幸せに暮らした。
