ユキには気になる人物がいた。
クラスメイトの、キジマという女子生徒だ。
ユキには気になる人物がいた。
クラスメイトの、キジマという女子生徒だ。



(あいつ見てるとなんかムカつく・・・)


キジマという女子生徒は、ふだん誰とも口を利かない。
ゆえに、恐ろしい勢いでボッチ街道を突っ走ることを余儀なくされている。
対して、ユキは声のデカイ不良である。
仲間もたくさんいる。
気に入らないことがあればちゃんと発言するし、気に入らない奴がいれば常識の範囲内でシメる。
シメてる時点で常識を逸脱しているというツッコみは、ユキには通用しない。
なぜならバカだから。
さて、そんな性格のユキだから、いつまでも友人のひとりも作れないキジマにイラついてしまう。
なぜ一言も口を利いたことがないキジマにここまで腹が立つのかは、本人もよく分かっていないのだが・・・



(声、かけてみっかな・・・)


ユキがそう思い立ったのは、高校に入学してから半年ほど経ったころだった。
しょうじき言ってしまえば、哀れみゆえの行動だった。
せめて自分だけは声をかけてあげようという、どちらかと言えば自己満足で身勝手な行動だった。
そして、この軽はずみな行動がユキの高校生活を劇的に変えてしまうなんて、この時の彼女に分かるはずもなかった・・・。



よっ、キジマ


ユキは不良である。
だから同級生に「さん」づけで話しかけるなんてことはありえない。
たとえ相手が、初めて口を利く相手であってもだ。



・・・はい?


机でひとり読書をしていたキジマが、大儀そうに視線を上げる。
地味だけど知的な顔立ちの、マジメそうな女の子だ。
メガネというアイテムが、その印象をさらに強調している。



なに読んでんだ?


本になど興味はなかったが、会話の糸口を探すために尋ねてみた。



マルキ・ド・サド





・・・? まる、まる、えっと、なに?





マルキ・ド・サド。作者の名前





ふ~ん・・・


文学、というか森羅万象のあらゆる学問に疎いユキにとって、マルキ・ド・サドがどんな作家なのかなど、もちろんあずかり知るところではない。



おもしろいのか?





ふつう





そう・・・


話が続かない。
ユキはトーク力に不備があるし、キジマはそもそもトークを持続させる気すらないようだ。
どうにかして落としどころを見つけなくちゃと焦るユキ。
だけど、
休み時間終了を伝えるチャイムが、ユキを窮地から救ってくれた。



・・・えっと、それじゃあ、またな


「またな」とは言ったけど、おそらくもう話すことはないだろうとユキは思った。
僅かに言葉を交わしただけで、友達になれるタイプじゃないと確信できてしまったからだ。
~放課後~
ユキは、友人たちといっしょにファミレスに寄ってだべった。
友人たちはみんな、髪を金色に染め上げたり、耳にピアスをあけたり、一日に化粧を千回は直さないと発狂してしまうような連中だ。
いわゆるヤンキーである。
類は友を呼ぶ。
生産性も意義もないだべりを終えると、時刻はもう夜の十時だった。
明日が土曜日でお休みなので、ついつい舞い上がって時間を忘れてしまっていた。
ユキは店の前で友人と別れ、ひとり帰路についた。
夜空では満月が輝いている。
ユキの通学路には外灯が少ないため、月明かりのありがたみを如実に感じることができる。



(すっかり遅くなっちゃったな・・・)


家路をたどるユキ。
ふと、ポッケでスマホが振動しているのに気付いた。
彼女は立ち止まって、ポッケからスマホを取り出す。
歩きスマホを断固として潔しとしないあたりに、優等生の香りを感じ取ってしまうが、彼女はヤンキーである。
しつこいようだが、彼女はヤンキーである。



ん?


ユキが足を止めた直後、背後から物音がした。
足音だ。
ユキが足を止めた直後、背後を歩いていた何者かも足を止めたのだ。
歩いているときは自分の足音にかき消されて気づかなかったけれど、謎の足音はずっと前からユキをつけてきていたのだ。



・・・・・・


ユキは着信のことなど忘れて、スマホをポッケに戻した。
そして再び歩き始めた。
で、またふいに立ち止まってみた。
やはり足音がひとつ多かった。
間違いない。
何者かが、ユキの後を等間隔につけてきているのだ。
ユキの心臓は早鐘を打ち始める。



(変質者だったらどうしよう・・・)


ユキは悩んだ。
全力ダッシュで振り切るべきか。
あるいは振り返って怒鳴りつけてやるべきか。
本心を言えば、今すぐ逃げたかった。
しかし、ヤンキーの矜持がそれを許さなかった。



(アタシは強いんだ・・・アタシは強いんだ・・・。逃げるなんてありえない・・・)


じっさい、ユキがひと睨みすれば、大抵の生徒は目を逸らす。
それくらいユキは、学校では恐れられる存在なのだ。
ユキは決心した。
不埒なストーカー野郎を蹴散らしてやろうと決めたのだ。



おい! 痛い目見たくなかったらとっとと失せ、な・・・。え?


ユキは振り返りざまに怒鳴りつけた。
しかしその声は、尻すぼみになって、最後は夜風に吹かれて消えてしまった。
なぜならば、



こんばんは


後をつけてきていた人間の正体が、クラスメイトのキジマだったからだ。
もちろんキジマは、ファミレスでのヤンキーの集いには参加していない。
ということは、ついさっきまで学校にいて、たまたま帰り道がユキと同じだったということだろうか?



なんだキジマか。あんたも家こっち方面なのか?





ええ、すぐそこよ


そう言うとキジマは、そばにある一軒家を指さした。
ユキはキジマの示す先に視線をやった。



へぇ~、あそこがそうなのか。ずいぶんと綺麗な家じゃんか


ユキは再びキジマに視線を戻す。
その直後・・・



!?


ユキの体に衝撃が走った。
すぐに視界がぼやけていった。
消え入る意識の中でユキが最後に見たのは、スタンガン片手に不敵な笑みを浮かべるキジマの姿だった。



ごめんなさいね。でも、あなたが悪いのよ。私を目覚めさせてしまったから・・・。


