黒服どもを蹴散らし乗り込んだ『ハウス世界名作劣情』では、まさに今、ウェンディことゆり子の面接の最中だった。



ようこそ、お父さん





お前にお父さんと呼ばれる筋合いはないッ!


黒服どもを蹴散らし乗り込んだ『ハウス世界名作劣情』では、まさに今、ウェンディことゆり子の面接の最中だった。



パパン……





あ、ちが、お父さん!





……ゆり子!


普段のようにパパンと呼んでくれない娘に、義男は無性に苛立った。
この男が娘を騙しているのか、この少年が!
ソファに悠々と背を預けるその少年、鈴木フック。
ウェンディと同い年にして、複合ナイトレジャー店ビル『ネバーランド』オーナー。
かつては名の知れた子役だったが、先代オーナーだった父のスキャンダルが原因で、あえなく芸能界から姿を消した。
劇団時代から順調に積み重ねていたキャリアを台無しにされ、少年は父を恨んだ。持ち前の弁で取り巻きを引き込み、自分と同じく落ちこぼれた女優や少女子役を売る事で、同業他社同士を船団の如くつないだ。
その包囲網で少年は父を追い落とし、地元ナイトレジャー市場の王となったのだ。



早速ですがね、娘を返してもらいますよ





パ……





お父さん、やめてよ!





もう私、ここで働くって決めたんだから!





ゆり子、お前わかってるのか





い……なんだっけ、そう





イメージヘルスだぞ!





い、いかがわしいことをするお店だぞ!





そんな事無いわよ!





だって『あの頃一発殴られてみたかった、きみは美少女空手家』体験ゾーンで





来たお客さんを殴るだけって言われたもん!





待って、なんでその仕事でウェンディって源氏名に





待たないわよっ!





もう出てってよ、パパン!


親子の言い合いの隙間を縫って、フックが部下に目配せをする。
背後から一斉に義男に襲い掛かる黒スーツたち。



ほぅあっ!


義男の豪腕が。剛脚が。
翻るごとに黒スーツが数人ずつ、ロビーの端の壁までまとめて吹き飛ぶ。
@ーチャファイター7tbには、かつてシェン@ーで人気を博した百人組み手モードの搭載も検討されていた。 四方から襲い掛かるチンピラどもを一人称視点の格闘アクションで蹴散らす爽快感。発売さえされていれば、
そう、発売さえされていれば高評価間違いなしの!
微塵も動じる様子を見せないフックが、軽々しい口笛を飛ばす。



ひゅう、すごいね。お父さん





まるでゲームみたいな戦いぶりだ。無双ってやつ?





それはメーカー違いだ





あと、お前にお父さんと呼ばれる筋合いはないッ!


久し振りの運動のせいもあっただろう。フックの振る舞いが挑発だとわかっていても、義男の頭には少しずつ血が上り、熱を持って溜まっていた。
そして。
黒服の一人が取り落とした拳銃を、ソファに座ったままのフックの眼前につきつけたのだ。



だ、だめ! パパン!





さあ、娘を返してもら


――あなた。だめですよ、それは。
義男の目の前に、再びウェンディが姿を現した。
少年鈴木フックをかばうように。
否。
義男自身を、思い止まらせるように。



なる美……





どうして……!





うっ!


義男の手の中の拳銃が、突然重みを増した。
いや、違う。
手に力が入らない。
まるで手に力を入れる方法を、腕をまっすぐ支える方法をど忘れしてしまったかのような奇妙な感覚が、義男を襲ったのだ。



そう、そうですよ。あなた





それが本当のあなたなんですよ





よく思い出して、考えて?





ゲームばっかりやってて本当にそんなに強くなるわけ、ないじゃない





な、なる美……





そんなミもフタもないことを……!





今さら……!


そう。義男の強さは、言わば自己催眠により得られた強さだった。
@ーチャファイターになりきろうという自己暗示が、彼の無意識からあらゆる弱さを取り除き、肉体のリミッターを無理やりに外していたに過ぎなかったのだ。
だが、義男はFPS(ファーストパーソンシューティング)ジャンルのゲームをそれほどやり込んだ事がなかった。ゲーミングマウスの操作が苦手だった事もあり、このジャンルのデバッグを進んでやりたがる他のメンバーに回してきた事が、義男をさらに銃器の扱いから遠ざけた。
加えて、@ーチャファイター7tbの恐るべき仮想現実が義男に刻み込んだ暗示の中には、銃器の重さとそれを扱う覚悟については、全くインプットされていなかった。
故に、手にした拳銃の重みが、冷たい引き金の重さが、義男の意識を強引に現実へと引き戻してしまったのだ。



なる美……パパンは、パパンは……





そうです。それでいいんですよ、あなたは





思い出してくださいね、目の前にある現実と、





あなたが持っている本当の強さを





その強さで、ゆり子の為に、戦ってくださいね





あなた……いえ、





パパン……!


がくがくと不自然に震えだした義男の手は、やがて。
ごとり、と冷たい拳銃を床に落とした。



パパン……





ほら、肝心な所でこれだ





やっぱり父親って人種はどいつもこいつも





何をやらせてもダメだね、まったく





じゃ、お帰り頂いて


起き上がった黒スーツたちが、立ち尽くす義男を数人がかりで持ち上げる。
そして。
地上二十五階の窓を開け放ち、



そら、お客様のお帰りだ





せー、の!


掛け声と共に高く掲げ上げた、
その時!
つづく!
