新しい季節、新しい制服、新しい環境。
今日は高校生活の1日目。
教室では初めてのホームルームが開かれ、
一人ずつ自己紹介を行っていた。
新しい季節、新しい制服、新しい環境。
今日は高校生活の1日目。
教室では初めてのホームルームが開かれ、
一人ずつ自己紹介を行っていた。



(担任)
はい。次の人。あんまり短すぎないようにね。





はい! 須藤花菜(すどう・かな)です。西中から来ました。えーと、得意な科目は理科です。苦手な科目は理科……以外かな。





趣味は、ええと、お父さんのパソコンを借りてネットサーフィンすることです。好きなお菓子はタケヤブの里です。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします。


自分の番が来るまではドキドキしっぱなしだったが、喉元すぎればなんとやら。
急に大らかな気持ちになり、周りを観察する余裕が生まれてくる。



これから一年間、ここにいる人が同じクラスかー。色んな人がいるなー。





とはいえ、一度に全員を覚えるのは大変だよね。30人以上いるし。顔と名前を一致させられるかなあ。


そう思っていた時、次の男子が立ち上がった。



速見瞬(はやみ・しゅん)です。東中から来ました。よろしくお願いします。以上です。





!?


知らない人だった。つまり初対面。
でも、一発で顔と名前を鮮明に記憶してしまった。



カ、カッコイイィィ!! なんかよくわかんないけど、クーリッシュって感じ。


自分の自己紹介はもう終わったというのに、心臓がスーパーボールのように忙しなくバウンドしていた。



間違いない! これは……恋だ!


須藤花菜、高校1年生の春。初恋だった。
その日の放課後、わたしはさっそく速見くんに話しかけることにした。



入学初日から男子に声をかけるなんて。中学までのわたしはこんな大胆な人間じゃなかったはずなんだけどなー。





でも、善は急げっていうからトライしよう! 学校の中だと周りに見られちゃうから、帰り道で一人になったところで声をかけるんだ。





……って、アレ?


教室を見回すと速見くんの姿はどこにもなかった。



おかしいなあ。トイレでも行ってるのかな。でも、机の荷物もなくなっているみたいだし……。


しばらく教室で待ってみたり、廊下をさまよってみたりしたが、無駄だった。
今日はまだ高校1日目なので、部活動も行われていないはじだ。
それなのに速見くんを発見することはできなかった。



……今日こそは、果たす!


翌日の放課後、わたしは再びトライすることにした。
ところがまたしても彼の姿はない。
次の日も、そのまた次の日も、放課後になると速見くんの姿は神かくしのように掻き消えるのだった。



な、なんで? な、なにゆえ? どうして速見くんの姿を発見できないの? 同じクラスのはずなのに!





昼間は確かにいる。廊下側の席で真面目に授業を受けてる。サボったり昼寝することもない。なのに、なのに、最後の授業のチャイムが鳴った途端、目を向けるといなくなってる!





あ、あのー。須藤さん。もしかして速見くんのことを探している?


クラスメイトの仲井戸さんが声をかけてきた。
席が近いため、かろうじて顔と名前が一致している相手だ。



え? ま、まあ。そんなところかな。





あたし、速見くんと同じ東中出身なんだ。





へえー。そうなんだー。





こんなこと言うのもなんだけど、速見くんだけはやめておいた方がいいよ。





ど、どういうこと?





実は速見くんは……





速見くんは……?





ま、まさか自分の彼氏だなんて言い出すじゃないだろうか……!? 手を出すなっていう警告をしにきたとか?





帰宅部のエースなの!





………………





……へえ。





いきなりこんなことを言われてもよくわからないわよね。百聞は一見にしかず。こっちの廊下に出て、窓の外を見てみて。


わたしは中井さんの指示に従って廊下の窓から外を見た。
ちょうど駐輪場を見下ろせる位置だった。



あ、速見くんだ。


ちょうど昇降口から出てきた速見くんが、駐輪場に向かっているところだった。
ここが校舎の4階のため、彼の動きをすっかり俯瞰することができる。



そっかー。いつも早く学校から帰っていくんだー。だからよく見失ってたのかー。





……って、んんん? なんか足、早すぎない?


足だけではない。動作そのものが録画映像を早送りをしているかのようなスピード感だった。
速見くんは駐輪場に到着すると、自分の自転車を迅速に引き抜き、颯爽とまたがった。
通常、駐輪場は混雑しているためかなり手間と時間がかかる。自分にはとうてい真似できないほどの速度だった。
彼はペダルを物凄い勢いでこいで、一直線に正門から出ていった。
あっという間に彼の姿は見えなくなった。



早い、早すぎる! なに、あの韋駄天快速な動きは!? 忍者? 天狗? 新幹線?





……そう。まさにあの動きこそが帰宅部のエースと言われる所以なのよ。


わたしたちの会話を聞きつけてか、運動部の男子たちがドヤドヤと集まってきた。



(陸上部)
あの足は逸材だ。速見がうちに入ってくれれば、我が陸上部はリレーで全国大会も夢じゃないというのに!





(サイクリング部)
いいや! あの逸材は自転車でこそ活きる! 必ずやサイクリング部がいつかもらい受ける!





(サッカー部)
違うね。あいつのスピードはサッカーにこそ向いているんだ。奴は未来の日本代表になる器なんだよ! あいつの走りは芝を焦がすぞ!


どうやら運動部員たちは軒並み速見くんを狙っているようだった。しかし悔しそうな顔をしているところを見ると、どこにも所属はしていないようだった。



速見くんは中学の時から物凄いポテンシャルを持っていたの。運動部からは引く手数多。行動力の高さから、文化部や生徒会からも勧誘が絶えなかった。でも、彼はどこからの誘いにも応じなかった。





彼は誰よりも早く家に帰る。それが彼の主義。誰も彼を止められない。だから『帰宅部のエース』って呼ばれているのよ。





悪いことは言わない。須藤さん、速見くんのこと好きみたいだけど、彼だけは諦めた方が無難よ。





彼とは付き合えない。というか一緒に下校することは不可能。待ってくれるようなタマじゃないのよ。





ちょ、ちょ、ちょっとタンマ!


仲井戸さんはいつの間にか、わたしが速見くんを好きなことを前提にして話を進めている。
だけどわたしは一言もそんなことは打ち明けていない。
事実ではあるが、乙女たるもの、恋心は秘めておかなければならないのだ。



ち、違うし! 好きとかじゃないし! 全然惚れてないし! っていうか嫌いだし! 大嫌い! そうだ! 実は彼はわたしの親の敵なの! だから憎い! キライキライキライ!





(陸上部)
……ツンデレかっ!





(サイクリング部)
……わかりやすすぎ。





(サッカー部)
……モロバレ。





そ、そう。そこまで言うのなら、あたしの勘違いだったみたいね。





……っていうか、誤魔化すために人殺し扱いするなんて。





とにかく速見くんについてはそういうことだから。あまり深追いしないように気をつけてね。





ありがとう、仲井戸さん。サンキューだよ。


どうにか誤魔化すことができたようだ。
でも、こんなことで諦める気はなかった。
むしろ逆だ。仲井戸さんのアドバイスはわたしの心のエンジンにハイオクをぐんぐん流し込んだようなものだった。



やってやる! 帰宅部のエースだろうが何だろうが、必ずこの恋を成就させてやる! 逆境なんてどんと来い! むしろ燃えてきたぞ! わたしの恋はノンストップなんだから!





……めっちゃ声に出してるじゃん。


――こうしてわたし、須藤花菜と速見瞬と追いかけっこが始まった。



とはいえ、具体的にはどうしたらいいかなー。誰よりも早く帰ろうとする人を足止めするためには……と。





よし! 明日、彼の自転車のチェーンを外しておくか。





えええっ!?


第一話へ続く
