-花音(かのん)-
-花音(かのん)-
ドーン……パラパラパラ……。
夜空に花火玉が砕け散る音がする。
遠くの方で色とりどりの光が、一瞬で広がっては消えていくのが見える。



もう始まってるみたいだな





うん





行こう





うん!


大きく頷くと、俺の手を握ってくる。
俺も花音(かのん)の手を強く握り返す。
人混みの中で2人、離ればなれにならないように。
打ち上げ花火がよく見える場所を目指して、無意識のうちに早くなる足。
……その手は少し汗ばんでいた。



きれい……


花音が目を輝かせて言った。
その声とその横顔、その風景は花火の音が鳴り響く度、一つの場面として心に納められていく。
それはまるでシャッターを切る音みたいに。
たくさんの人たちの表情を、様々な色に染めながら、空いっぱいに。
花火が散っては消えていく度に、夏の思い出が心のネガへと焼き付けられていく。



本当に……綺麗だ





……っと


花音に見とれていた俺は、自分の言った台詞に我に返り、赤面し、俯いてしまう。



うん……きれいだね


うっとりとため息混じりに言う花音。
しばらくの間、俺たちは可憐に咲き乱れる夜空の花に見入っていた。



打ち上げ花火ってさ





?





下から見ても、横から見ても丸いって知ってるか?





え? なんで? 横から見たら平べったいでしょ?





違う違う





うそ





線香花火はどこから見ても丸いだろ? それと一緒だよ





あ、そっか


納得したように花音は頷き、少し首を傾げて微笑んだ。
その笑顔は、花火なんかとは比べものにならないくらい、綺麗で……。
綺麗すぎて……儚くて。



今度、線香花火したいな


それを聞いた俺は明日にでも線香花火を買ってくるだろう。
花火大会も終盤に近付いた頃、俺は長居しすぎていることに気付く。



花音、体は……大丈夫か?





うん、大丈夫


そう言いながらも、尋常でないほどに額と頬に汗をかいている。
その汗の量は夏の暑さのせいだけじゃない。



帰ろう





もう少し見たいな





花音、お前……





お願い


俺の手を取ると力を籠める。
そして立っているのが辛いのか、体を預けてきた。



あと……5分だけだぞ





うん


その5分の間に、花火大会は終わりを迎えた。
消える直前のろうそくのように、激しく、連続して打ち上げられ、夜空に散っては消えていく。
線香花火の終わり方が、力を失って静かに消えていくのとは大違いで。
その激しさが、終わったあとの余韻を一層切ないものにした。



来年も来れたらいいな





なに言ってんだ。毎年連れて来てやるよ


帰り道、俺は花音をおぶったままそう答えたが、その体重があまりに軽くなっていることに、ショックを受けていた。



下から見ても、横から見ても、打ち上げ花火はやっぱり丸い……





ん? ああ





だったら……





だったら?





上から見ても、やっぱり……丸いんだろうね





……


思わず、足を止めそうになったのを辛うじて堪え、歩き続ける。
一瞬の空白の後、俺は言った。



明日、線香花火しような





うん……


声では辛うじて平静を装いながらも、胸の中はこみ上げる感情でいっぱいだ。



……疲れたから、ちょっとだけ眠ってもいい?


花音の声が、背中を通じて俺の胸に響く。
顔を見られないことが、せめてもの救いだった。



寝ろよ。病院まで連れて帰ってやるからさ





ごめんね





いいから





うん……ありがと





久しぶりに制服も着れて、今日は本当に楽しかったな……


程なくして、首もとに感じられていた息使いが、小さな寝息へと変わる。



神様、どうか花音を――


俺は声にならない嗚咽を漏らしながら、歩き続けた。
花音が打ち上げ花火より高い場所に行く日が……どうか来ませんように、と祈りながら。
-END-
