放課後の迷宮入り口、いつもの場所で、少し早く顔を出した二人がノートを広げていた。出されたばかりの宿題をここで片付けてしまおうという魂胆だ。



迷宮百貨店?





そ、名前通り、中身が迷宮みたいになってる変な店





この街の名物の一つなんだけどまだ知らなかったのか





知らない





あれ、ここでも何回か話してたと思うんだが





……もしかして「めーてん」って言ってた奴がそれ?





それそれ!


 放課後の迷宮入り口、いつもの場所で、少し早く顔を出した二人がノートを広げていた。出されたばかりの宿題をここで片付けてしまおうという魂胆だ。
 迷研の会員たちは、属する学科が全員違う。朝から昼までは同じ学科の仲間と過ごし、夕方になってやっと研究会の仲間たちと顔を合わせるという者が多かった。
 



あれ、迷宮百貨店行くんですか?
ぼくも入れてくださいよー!


 プルルカが扉の陰からおどけて上半身(上下の区別が付けにくいが顔から上を上半身とする)だけを出す。
 先客達が揃って
 



なんか生えた





キノコ生えた


 と呟いた。
 



別に、行くって話してたわけじゃ





いいじゃん行こうぜ!
せっかくだしここの面子集めてさ





わぁー!
もしかして今からですか!?
わー!





アルも気が向いたらでいいから来いよ、変なものだらけで面白いぞ





……気が向いたら


 つれない様子ではあったが、ユェヅィオは何ら気にする素振りもなく、
 



他の奴ら来るまでやろっと


 と再びノートに向かった。
 



おぉ……これが!





今日こそ入りますよう!





なんかやけに気合入ってんな





実は先週末に来てみたんですけど、なんだか怖くって中に入れなくて……
はは……


 照れくさそうに笑うプルルカたちの目の前には、煉瓦造りの大きな建物が存在している。大きな扉は開け放たれており、客がまばらに往来していた。
入り口付近はやけに明るいが、その奥は極端に暗い。プルルカが怖気づいてしまうのも納得の不思議な造りとなっていた。
 五人はその中へと進んでゆく。気が向いたら、などと言っていたアルチェザーレも律儀に後を付いてきていた。
 



あの光ってるのは……





わぁっ!


 入り口の天井に集まっていた、光の球のようなものがふわりと舞い降りて、それぞれの頭の上に浮かんだ。
 よく見ると長い翅のようなものがせわしなく動いている。
 



こいつは照明係さ。
光る虫だとかなんとか……とにかく、客の周りを照らしてくれるんだ





だから店内が真っ暗でもどうにかなるんだね、これは面白い仕組みだ!


 無数の蔦が天井から垂れた、不思議なエントランスを抜けてその奥へと進む。
 
 店内は棚を壁代わりに使った迷路となっていた。天井すれすれの高さの棚が隙間無く並び、いくつもの道を作っている。
 棚には様々なジャンルの商品が雑多に置かれていた。
 おしゃれな食器が並んでいたかと思えば、隣に工具のコーナーが作られていたり、さらにその隣に用途すらわからない器具が多数用意されていたり。
 
 



うわああああー!
本当に何でもあるねえ!


 



な、面白いだろ?
でもピンポイントで欲しいものを買うのはまず無理なんだよな、毎日棚の位置が変わるから





なるほど……異世界から仕入れた品が山ほどあるという噂も本当のようだね


 目を輝かせながら商品をまじまじと見つめるリクシエル。何かが詰まっているらしき缶のラベルは見たこともない言語で記されていた。
 乗り気でなかったアルチェザーレでさえも、本棚の前で立ち止まり背表紙をひたと見つめている。
 が、プルルカだけが心配そうに何度も後ろを振り返りながら歩いていた。
 



ダグラス、本当に大丈夫です?
体痛めないです?





平気だ、個人のメシ屋とかに比べたら広い


 最後尾のダグラスが、己の身長より天井の低い通路に収まるために身を屈めて歩いている。
 



入学したての時はここの天井がぴったり1ダグラスぐらいだったんだけどな……





ああ、いつの間にか0.9ダグラスぐらいになっちまった





単位のほうが伸びるっておかしくない?


 他愛もない話をしながら、一団が(特に最後尾の巨人が)他の客の道を塞がないよう行ったり来たりをしながら、迷宮内をあてもなく歩いてゆく。
 目的のない散策をしばし楽しんだ後、ダグラスがぽつりと呟いた。
 



ユズ、久々にあれやんないか





あれ……ああ、





春のクソ祭りか!





おう





なになに!?
どんな祭りだいそれは!


 飛び出した不穏な言葉に、残りの三人が興味を見せる。
 ユェヅィオは全員に向き直り、楽しそうに説明を始めた。
 



クソ祭りっつーのは俺とダグとあともう一人……違う学校に進んじまったやつで考えた遊びでさ。
予算を決めてこの店で買い物をするんだが





選ぶのはできる限り何の役にも立たない、「なんでこんなもん買っちまった?」って思うようなクソみたいな商品だ





それで一番クソなものを仕入れて他の奴を笑わせたやつが勝ち!





以上だ





わぁー!
全力の悪ふざけですー!


 



面白そうじゃないか!


 
 反応は上々。はしゃぐ声が店内に染み入る。
 



今までに買った中で
一番酷かったのは何なんだい?





んー、アレかな……
フリッツうさぎ知ってる?





この辺りで人気のかわいいキャラですよね





そうそう。
そのシリーズの超マイナーキャラのヘーゲルももんがの、くっそ似てないパチモン人形





の、頭が前後逆にくっついてるやつ





それ本当に何もいいことないですね





だろ?
そういう方針で選んでくるんだよ





予算と時限は?





目安は20ソルトから40ソルトぐらい。
面白いのがあったら超えてもいいけど、クソ商品買うわけだしその辺は自己責任な





そして今の時間は……
……よし、次の時報の鐘が鳴るまでどうだ?


 提示された額は具の入ったパンひとつ程度のもの。それくらいなら、と全員が了承し、祭りが始まった。
 



帰ります!
お会計おねがいしますー!


 プルルカが声を張り上げながら歩むと、辺りの光景が歪み、見覚えのあるものへと変わった。店の入り口付近だ。
 この店が備えている、空間転移の術を利用したのだった。これは特定の言葉および意思に反応して発動する。
 会計を行うのは天井から垂れた不思議な蔦。
 机に記された指示の通りに、買いたいものだけを机に置いて残りの品を蔦に渡す。返された商品は彼らが再び元の場所に並べてくれるらしい。
 机に残した品の金額だけを渡して、店を出た。
 



あっ、これで全員揃ったね!





お待たせしましたー!


 他のメンバーは店の前にある街路樹の下で待っていた。プルルカ以外は店の鐘が鳴る前に買い物を済ませてしまったようだ。
 



じゃあ早速出してみるか、春のクソ祭り開幕!





ひゅー





誰から開けるかい、
一番遅かったプルルカ君でいいかな?





はい!
予算はちょっと超えちゃったんですけど、とびっきり使い道がわからないもの見つけましたよー!


 自信ありげな顔で鞄を漁るプルルカ。
 彼が短い手で掴みだしたのは、
 
 
 
 
 最近どこかで見たような道具だった。
 つい数日前に発掘したあの本に何度か出てきた、とにかく放送できない何か。
 
 



これ、ここをひねると無意味にうごk





えーと、プー





落ち着いて聞いてくれ





はい?





君の故郷には無かったものだろうからわからなくて当然だけれど、その振動には意味があるんだ。
この物体はきっと他の皆が選んだものの中で一番有意義だ。
しかし公の場でそれを持ち歩くのは倫理上アレがソレでアレなので、とにかくしまおう、それ





???
よくわかんないけどわかりましたー


 公衆の面前でこんなものを持ち歩いては社会的な死の危険に晒されてしまう。三人がかりで言い包められ、プルルカは不服そうな面持ちで怪しい物体を鞄にしまった。
 そして仕切り直しとでもいうように、アルチェザーレが素早く新たな品を差し出す。
 



じゃあ次、これ


 彼が取り出したのは一冊の本だった。ソフトカバーのもので、古本であることを示すタグが挟まれている。
 皆が本文を見れるように本を開く……が、
 



えーと





何語?





あ……そうか
ごめん、今説明する


 四人にとっての未知の言語で記された本を、アルチェザーレは事も無げに解説しだした。
 



魔術書に似せて作られた娯楽本。
でも載っている180の術は全てフィクションだ





作者の理想像と思しき人物だけが使えるという設定のものが半分を占めていて、究極合体魔法だとか最高神と大魔王の力を宿した剣による極限魔王神奥義とかが載ってる。そいつを使うと世界一つ簡単にぶち壊せるからお蔵入りなんだけどな、黄昏の微笑。とか書いている





またヘヴィなもん見つけてきたな……





作者のことが大好きでたまらない
ヒロインのデータも十人分載ってる。
手描きのイラストと作者がヒロインに奪い合われる対談付き。
あと作者の知り合いをモデルにしたというしょぼい悪漢が次々出てきては倒され





それにしてもよく
この短時間で一冊分読み込みましたねー





認めるしかねえな……
アル、お前は既に一流のクソ発掘人だ





あまり褒められてる気がしない……


 尊敬の眼差しからぷいと目を背ける姿は、まんざらでもないといった様子である。
 



えっそれクソ物件なの!?
私も極限究極奥義使って10人の美少女に好かれたい!





ぼくもですー!





…………!?
僕だけ心が汚れている……!?





大丈夫だ、俺も汚れてる





まあこの話はそのへんにしといて次は俺な!
俺はこの「着けているだけで不自然に風が吹いて近くの女性のスカートが捲れる」という説明書きがついてたクソ指輪を……





あ……被った


 そう言ってダグラスがポケットから取り出したのは、ユェヅィオが持っている指輪と同じ色をしたブレスレットだった。
 その時、いかにも安っぽいデザインである二つの装飾が突然輝きだした。
 



なんですかこれ!?





……共鳴している!


 何の因果か、元々対になっていたものを揃えてしまったらしい。
 二つのうさんくさいアクセサリーが力の渦を形成し、風を呼び寄せ――
 
 



おっふ!?


 ユェヅィオが下半身に巻いている布を豪快に捲り上げた。
 風はどこからともなく吹き続け、止まない。
 



いやぁーーん!!





いやーんじゃないって、自分のスカートが捲れる可能性考えなかったの!?





だってよ、まさか本当に力あるなんて思わなかったし……
これスカートじゃなくて腰巻だし……





違いがよくわかんないです





とにかくそのケツ……は無いか、脚しまえ脚





そうしたいのは山々なんだがどうやって止めりゃいいんだこの風





私に任せて!


 リクシエルが名乗りを上げ、鞄から大判の布を取り出した。そしてはためくそれをユェヅィオの腰に巻きつけようとする。
 



これは……





ふふ、私が店で見つけ出した
「体中にナマコをくくりつけた太ったおじさんプリント大判タオル」さ!!





一緒にめくれてるし
風が止んでも俺不審者じゃねーか!!


 結局、指輪とブレスレットはすぐに力を使い果たし風は止んだ。
審議の結果「春のクソ祭り覇者」に選ばれたリクシエルのタオルは、後日悪ノリで迷宮に飾られて研究会の守護者と化したという。
つづく!
 
