撲殺は甘き香りとともに
撲殺は甘き香りとともに



事件ですよ所長!





騒々しいな藤宮君。君のその毒にも薬にもならない顔と、なんのひねりもない発言のせいで、天上の宴のようなさわやかな朝が一気に地獄の大地のごとく腐敗したものになってしまったじゃないか





…もう昼の三時ですけど





この館においては、私の起きた時間が朝だよ。そんな理屈もわからないとは、君の頭蓋骨の中はからっぽなのかい? 毎晩大量に消費するティッシュでも隠すためにあえて空けてあるのかな





いくらなんでも下品ですよ所長





ほう。私はただ、花粉症の季節に君が難儀しているんじゃないかと思っただけなんだけれどね。今の私の発言のどこにそれほど下品な要素があったのかな





教えてくれるかい、藤宮君





ぐぬぬ……





それで? 君はまさかこんなくだらない雑談を交わして私の貴重な時間をつぶすために、わざわざ現れたんじゃないだろうね





昼の三時まで寝てたくせに、よく言いますね





いいからさっさと事件の話をしたまえ





分かりました……


ここまでの会話で、もうわかると思うけど
このゴスロリ少女はいわゆる探偵というやつで
「黒薔薇探偵事務所」の所長だ。
僕こと藤宮隼人はその助手である。
(ただし、所長は僕を「下僕」と言う)
所長はぜんぜん働かない。
早くに亡くなったご両親の莫大な資産を食い潰し
適当に遊んで暮らしていたんだけど
ふと突然探偵をやりたくなって
先祖代々住んできたというこの洋館を
探偵事務所に改装したところで飽きて
やっぱり適当に遊んで暮らしている。
ただ、ある事件で警察の人と知り合いになって以来
一応、探偵らしきこともするようにはなったけど。
高校生の僕がなんでそんな人の助手なのかって?
いろいろ事情があるんだけど
その辺の話はまた今度。



さっき錦野さんに会ったんです





誰だい、それは





……刑事さんですよ。僕と所長が知り合うきっかけになった「分厚すぎる文庫本連続殺人事件」のときに捜査を担当していた人です





ああ、君を犯人扱いしてた刑事だね





そうです。あのときは怖かった……





彼に、事件の解決を相談されたのかい?





はい。なんでも容疑者が政府の要人で、思うように捜査ができないそうです





ふん。まあ世の中には藤宮君と違って、多くの人に影響を及ぼす人間というのがいるものだからね





……どういう意味ですか





藤宮君の場合、婦女暴行で逮捕されても、一ヵ月くらい誰にも気づかれないくらい存在感が薄いじゃないか





そんなことはないです! っていうかなんで婦女暴行限定なんですか





そうなんです刑事さん。普通に話をしていたら突然、藤宮君が襲いかかってきて……か弱い私は抵抗するすべもなく、むりやり貞操を奪われたんです……





襲いませんよ! 襲いませんからね!





藤宮君は不能だったのか





違います!





分かった分かった。そういうことにしておいてあげるから、いいかげん話を進めてくれないかな。いったいどこでどんな事件があったんだい?





もうやだ……


× × × × ×



事件があったのは、資産家のお屋敷です





被害者は屋敷の主である唐竹丸禿三さん、65歳





屋敷の中庭に面した廊下で亡くなっているところを、今朝の6時、使用人の一人が発見したそうです





死因は、頭部打撲による脳挫傷。明らかに、何か硬いもので殴った痕跡が見られるとのことです





ただ……その肝心の凶器がどこにもないそうで……





死亡推定時刻である深夜3時に犯行が可能だったのは、禿三さんの養子で衆議院議員の、唐竹丸桂介さん、45歳。一人だけです





夕飯後の8時ころ、禿三さんと桂介さんが激しく言い争っているのを、大勢の使用人が耳にしているので、動機はその辺りに関係していると思われます





問題は――凶器がなんだったのか。そして、どこに消えたのか





それさえ判明すれば、むりやりにでも捜査を進められるそうです


× × × × ×



……と、こんな感じです





なるほど





どうします? これだけじゃ何もわかりませんし、現場に行ってみましょうか。今日中なら、なんとか周りに言い訳して入れてくれるって錦野さんも言ってました





冗談じゃない。どうして私が事件現場なんかに行かなきゃいけないんだい。しかも藤宮君と一緒に





あなたは探偵で、僕はその助手でしょうに





君を助手にした憶えはないよ。藤宮君は私の大切な下僕だ





下僕って……ん?





今「大切な」って言いました?





は? いや、気のせいじゃないかな





いいえ、確かに言いましたよ! なんだ、所長、実は僕のこと、そんなふうに思ってくれてたんですね!





ち、違うぞ! 君など燃えるゴミを出すのに必要な有料ゴミ袋ほども重要視なんかしていない!





またまたぁ! 照れなくていいですってば。所長って結構かわいいところがあるん――





ええいしつこい!





うわあ!





いいかげんにしたまえ藤宮君。さもないと、君が先週こっそりメイド喫茶に行ったときに浮かべていた、だらしないにやけ顔の写真が、学校中にばらまかれることになるぞ?





ななななんで知ってるんですか!? しかもどうして写真まで!?





ふん、私の下僕である君に秘密も自由もあるわけがないだろう





横暴だ! 人権侵害だ!





じゃあ自由を取って、にやけ顔を晒される未来を選ぶわけだね





……勘弁してください





さっぱり話が進まないじゃないか





誰のせいですか、誰の……それより写真のデータ消してくれませんか





仕方がない。いくつか質問をすることにしよう。それで解決できればよし。できなかったら、錦野刑事にはあきらめてもらおう





そんないいかげんな……あと写真……





まず一つ目の質問だ。被害者と容疑者が夕飯後に言い争っていたと言っていたが、その原因はなんだい?





……えっと、確か、中庭に大量のアリが発生したとかで、容疑者の桂介さんが殺虫剤を買ってきたんだそうです





しかし、被害者の禿三さんは、アリが大好きらしく、桂介さんをまるで大量殺人鬼か何かのように罵ったとか





桂介さんは、逆に死ぬほどアリが嫌いだったらしく、激しく言い返して、お互い頭に血が昇ってどんどんエスカレートしたらしいですね





……子供の喧嘩だね





まったくです





まあいいか。2つ目の質問だ。現場に何か不自然なものが残ってたりはしなかったのかな? あるいは、なくなっていたものは?





えーと。現場ではないですけど、台所にあった砂糖が一袋空になっていたそうです





他には?





あとは……そうだ! 使用人の人が、縁側に小さなスポンジの欠片みたいなものが落ちていたと言っていたそうです。もっとも、警察が通報を受けて到着したときには、なくなっていたそうですけど





ふん、なるほど





なにか分かりましたか?





近所のスーパーで、容疑者が買い物をしていないかどうか調べればいい。おそらく彼はそこで凶器を手に入れたはずだよ





え!? まさか所長、今ので謎が解けたんですか?





当たり前だ。私をなんだと思っているんだい





……ドSの社会不適合者?





明日から君の学校でのアダ名は「メイド喫茶」だな





わあああやめてください! ウソ! ウソです!


挑戦状
ここまでに提示された情報によって
読者の皆さんは事件を解明することができます。
問1:犯人が被害者を撲殺した凶器はなにか?
問2:凶器はいかにして消失したのか?
真相を看破した方は、先へお進みください。
…………とはいえ、バカミスです
答えに納得がいかなくても怒らないでね♡
それでは、解決編をどうぞ。



それで、凶器はなんなんです、所長





ぐーzzz





ちょっと! 起きてください!





……ああ、すまない、あまりに簡単すぎて、脳が休眠状態に入ってしまっていたみたいだね





だったらさっさと教えてくださいよ。何が凶器だったんですか?





凶器は「高野豆腐」だよ





は?





だから高野豆腐が凶器だったんだよ。犯人は、スーパーで買ってきた高野豆腐を水で戻したあと凍らせたんだ。そうして重量を増した高野豆腐で、義父の頭を叩き割ったというわけだ





ええええええ!? それじゃ、使用人が目撃したスポンジの欠片みたいなものっていうのは……





処分する際に犯人が見逃したんだろうね





ま、待ってください……えっと、それじゃその高野豆腐はどこへ行ったんです?





考えるまでもないだろう。高野豆腐は食べられるんだからね





ま、まさか桂介さんが自分で食べちゃったとか……





馬鹿なのか君は





え、違いましたか





当たり前だ。人を殴って血が付いた高野豆腐を食べたいのかい君は?





そりゃ嫌ですけど……じゃあどうしたっていうんですか?





アリだよ





え?





被害者の屋敷の中庭にはアリが大量繁殖してたんだろう? だったらそいつらに食わせてやればいいじゃないか





アリって高野豆腐食べるんですか?





そんなことは知らないよ。私は藤宮君と違って、アリの気持ちなど分からないからね





僕にだって分かりませんよ!





おや、そうなのかい? 「虫けら並みの藤宮君」で有名な藤宮君とも思えないね





え、いつの間にそんな評判が!?





君が有名になるわけないじゃないか。常識で考えたまえ





……もういいから早く教えてください。結局、アリは高野豆腐を食べたんですか、食べなかったんですか?





だからそんなことは知らないって。けど――巣にはとりあえず運んだだろうね。なにしろ甘い砂糖の匂いを漂わせていたんだから





あぁ!





そういうことだよ。犯人は高野豆腐を戻すために砂糖水を使ったんだ。それで台所の砂糖が大量になくなっていたんだね





禿三さんを撲殺したあと、桂介さんは高野豆腐を砕いて庭にまいたんですね。そうすれば、あとはアリが勝手に凶器を消してくれる……





庭をちゃんと捜査できれば、まだ高野豆腐の残りが発見できるだろうね。もしかしたら被害者の血痕つきのものや、犯人の指紋つきのものもあるかもしれない





急がないとなくなってしまいますね! ちょっと錦野さんに電話で伝えます!





ふう……これでなんとかなりそうです





ふん、まったくつまらない事件だったね。やっぱり現場になんか行かなくて正解だったじゃないか





……まあ、そうですね





しかし、高野豆腐の話をしたら食べたくなってきたね。藤宮君、買ってきてくれないかな?





いやですよ。なんで今の話で食べたくなるんですか……


The Case of SUGAR SWEET SCENT ended.
