――勇者様。
――――勇敢で、偉大なる勇者様。
どうか、世界を救って下さい。
この世界、エルザードを、魔王の手から救って下さい。
――勇者様。
――――勇敢で、偉大なる勇者様。
どうか、世界を救って下さい。
この世界、エルザードを、魔王の手から救って下さい。
…………嫌です
こうして、俺は勇者となったわけだ
えっ？ えっ？ いまご主人様『嫌だ』って言いましたよね？ 明確に拒否の姿勢を見せましたよね？
ああ、確かに言った。だがよく考えろよエリィちゃん。
なんで俺が世界を救わないといけないんだ？ 勇者なんだもの、好きにやっちゃっていいじゃない
そんな勇者いないですよご主人様！
もう少し真面目にやってください！
世界が滅んでしまうんですよ！
魔王の手によって！
滅べばいいじゃない？
いいわけ無いでしょう！！
豪奢で品のある邸宅の一室で、その男女は喧嘩にも似たやりとりを交わしていた。
男の名は『アーク』。
巷でいうところの、勇者という役割を天に住まう女神から命じられたごく平均的な日本人だ。
もっとも、毎日ただなんとなくハローワークに通いながら、受付のおっちゃんと雑談を交わすことを日課にしてしまうようなやる気のない男を、ごく平均的と評して良いのかどうかは疑問が残るが……。
ご主人様！ 聞いてますか！？
私の話をちゃんと聞いてくださいよ！
そして先程から口やかましくアークに小言を繰り返している女性が『エリィ』。
とある事情でアークが手に入れた奴隷の少女で、世界で五指に入るほどの力と美貌を有する神に愛されし巫女……だ。
ああ、聞いてる聞いてる。なんだっけ？
今晩のご飯のおかず？
あっ……はい。晩御飯はチキンステーキと
野菜のスープで……
デザートはもちろんエリィちゃん？
え！？ えっと……あの、あの……
あまりこの様なからかいには慣れていないのだろう、少女はその絹の様な肌を途端に赤らめると、気恥ずかしげにモジモジと指を絡めだす。
もちろん、その様な保護欲を誘う仕草にもアークは動じない。彼は女性の裸にしか興味のない男だ。
とりあえずエリィちゃんの気持ち悪い仕草はおいといてだ。
さっき質問された世界の平和に関してなんだけど、実はそこまで気にする必要はないんだよなぁ……
この人は………えっ？ どういうことですか？ ご主人様。
勇者であるご主人様が動かないと世界は滅んでしまうのではないでしょうか？
勇者な――実はいっぱいいるんだよ
えっ！？ 沢山いるのですか？
そうそう。勇者ってのは女神に異世界から連れて来られた人間の総称なんだよ。
ぶっちゃけ俺以外の人間は結構問題児ばっかりみたいだけど、まぁアイツラでも魔王の一匹や二匹は倒せるだろう
ご主人様が一番問題だと思うのですが。
けど、異世界の人……ですか？ 本当に彼らが魔王を倒せるのでしょうか？
そこは大丈夫。なぜなら、勇者にはチート能力が与えられるからな
勇者は数多くいる。おそらく女神の方針が手当たり次第であるが故なのだろう。
アーク以外にも似たような人物は少ないながらも幾人か召喚されており、彼らの全員がそのチート能力を用いて、魔王討伐に向けて何らかの行動を起こしているのだ。
つまり、未だに具体的な行動を起こさず、日がな一日ぐうたらしているアークこそが女神が引いた一番のハズレであった。
チート能力……ですか？ 前にも聞いたことがありますが、それは一体？
ああ、チート能力。既存の法則を無視した
バカみたいに強力な力。
俺の能力は 『無限増殖』 だ。
これが便利でな。手が触れたものならなんでも増殖して自分の物にすることが出来るんだ
誇らしげに語るアーク。
『無限増殖』……ありとあらゆるものを自在に増殖されるこの能力こそが、アークが持つチート能力で、全ての間違いだった。
そう――後に能力を与えた女神が、心底後悔することになる全ての過ちの原点である……。
ふぇぇぇ！ 凄いです。
道理で働いていないのにお金に困らないと思ったんです！
これなら遊びほうだ――
そう、遊び放題なんだな～。流石チート能力、女神様様だわ
――駄目じゃないですか！
めちゃくちゃ駄目なやつじゃないですか！
家も金もあるし、ご飯もあるし奴隷もいる。
もう俺には何もいらない。お家から出たくない。あ、ハーレム作りたいかも
ハーレムって……世界の平和は……
世界の平和って何？ ドレッシングかけたら食べられる？ カロリーは？
むぅ、またそうやって私が分からない言葉で誤魔化して……！
そうだ。ハーレム作るならお家から出ないと駄目ですよ！
ほらほら、やっぱりいろんな女の子に囲まれる生活って素敵ですよね
うーん
それにそれに、世の可愛い女の子がピンチかもしれませんよ？
ご主人様の助けを求めているのです！
たすけて～って！
え～、やっぱり面倒くさい
じゃあどうするんですか！？
ハーレム作るんでしょ？
別に、エリィちゃんがいるからそれでいいや……
えっ！？
だから、俺にはエリィちゃんがいるから別にそれでいいかなって
わっ！ わ、私は……あの、頑張ります……よ？ あの、嬉しいですけど。えっと……
瞳を潤ませ、上目遣いにアークを見つめるいじらしい少女。
だがエリィは勘違いしていた。
目の前の男は勇者などという高尚な存在ではなく、将来女神がドン引きする程の事件を数多く起こす、超絶問題児であるということを。
それに、最悪エリィちゃん増殖させれば
ハーレム作れるし
…………は？
え？ どうしたの？ 何か自分の出自について疑問でも感じたの？
ちょ、ちょっと待ってくださいよご主人様。
私、ご主人様の奴隷になる前は大陸で一番の魔法使いで、神に愛されたとまで言われた巫女だったんですけど……
うんうん。そうだね、そうだったね
最後の記憶が、パーティーでいろんな人と挨拶する記憶で、何故かその後いきなりご主人様の奴隷になってる記憶になってるんですけど、あれ？ ……あれ！？
おう、よく覚えてるな
も、もしかして……
うん。爽やかに挨拶して握手してもらった瞬間に複製した
…………
まさか人間まで複製出来るとは思わなかったわ。うける
うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉいいいい！！ 私のアイデンティティはぁぁぁ！？！？！！？
偽物なんだね、エリィちゃん。可哀想に。
ちなみに本物は元気に今でも神殿で神への祈りを捧げているよ
何やってくれてるんですかぁぁぁ！！
わあああああ！ 自分の存在意義が揺らぐぅぅぅ！！
落ち着いて、アメちゃん食べる？
増殖させたやつだけど
この私みたいにってか！ 煩いわ！
うわぁぁぁぁん！！ 神様ぁぁ！ こんなのあんまりですぅぅぅぅ！！
まぁ、あんまり気に病まないほうがいいよ。……それにしてもハーレムかぁ。
やっぱりバリエーションのある奴隷が欲しいなぁ。よし、面倒臭いけど冒険にでるか……。行くぞ、エリィちゃん！！
責任とって下さい、ご主人様ぁぁぁ！！
俺は『責任』って言葉が『できちゃった』の次に嫌いなんだよ！
――いざハーレム構築の旅に！！！
どこのチャラ男のセリフだ！？
あ！ ちょ、ちょっと！ 待ってくださいよ
このド外道がぁぁぁ！！！
こうして、アークは世界のピンチを放り出して奴隷ゲットする旅に出るのであった。
目指せ、ハーレム！ 目指せぐうたらな生活！
彼はこの美しくも残酷な世界で、何を見て、何を成すのか……。
それは、彼をこの世界へと誘った女神ですら知ること叶わなぬ、英雄譚の一節であった……。
