このままではとんでもないことになりそうなため、重い瞼を開いた。



……様





ん……





勇者様~!





この天女の如き、たおやかな声……聞くだけで癒される……





召喚に失敗して、死んじまってるんじゃねーの?





失礼なことを言われている気はするが、快活で気持ちの良い声だ





そ、そんなまさか……





死んだふりかもしれぬ。剣を突き立ててみるのはどうでござろう?





凛として迷いのない声。このままでは本当に刺されかねない!





ま、死んでたら死んでたらでぇ、実験材料にくださいな☆





アイドルめいた可愛らしい声とは裏腹に、言ってることは恐ろしい……


このままではとんでもないことになりそうなため、重い瞼を開いた。



はっ!





お目覚めになられましたか! 勇者様!


目を開けると、蒼い髪と瞳が印象的な美しい女性が私の顔を覗き込んでいた。
ラベンダーのような、優しい香り。
出で立ちは何やらドレスのようではあるが、流行の「こすぷれ」とかいうものであろうか。
他の女性も同様である。
今日はハロウィンではなかったはずだが、何かのパーティなのであろうか。
疑問は尽きない。



お体に調子の悪いところはございませんか?





ふぁっ!?


ふいに額に柔らかな手を当てられ、情けない声を出してしまった。
もし、このような女性が私の妻であったら、私は仕事よりも家族サービスを充実させ、リストラに遭ったとしても、公園で無為な時間を過ごさずに、次の仕事を探していたかもしれない。
いや、そんなことはもはや夢物語ではあるのだが……。
しかしながら、久方ぶりに若い女性と話した高揚感もあって、私は大胆なセリフを言っていた。



ええ、あなたのようなお美しい方に心配していただけるとは光栄の極み





あらあら……


その女性はせわしなく自分の髪の毛を撫で付けている。



こいつ、ただのスケコマシなんじゃねー?





やはり、切って捨てるでござるか……





死体は回収させてねぇ~☆





うむ、痛みは一瞬でござるよ





い、いや、ちょっと待ちたまえ


金色の髪の騎士然とした美少女は笑みをたたえながら、ジリジリと間合いを詰めてくる。
腐っても鯛、私も学生時代には剣道部に所属しており、全国大会に進んだことがある。
そして、その経験から本能が叫んでいる。
「こやつ、出来る」と。



あははは! じょーだんですってばぁ☆





え、ちょ、まっ! じょ、冗談でござるか!?





ホッ


やれやれ、背中が冷や汗でじっとりと濡れてしまった。



だってぇ、そんなことしたら、召喚士ちゃんが何するか分からないしぃ☆





そ、それもそうだな





確かに





……


先ほどまでのふんわりした雰囲気はどこにやら、蒼い髪の女性は雪女のような冷気を漂わせ、3人の女性をねめつけていた。



ところで勇者様?





ふぁい!


ふいに蒼い髪の女性は私に向き直ると、変わらぬ笑顔で私の心をくすぐる。



って、勇者……様?


ん? 私のことなのだろうか?
この私が、勇者……?



はい、あなた様はわたしが召喚したのですよ





償還……?


何か返済すべきもの……は、住宅ローンだが、もはや家も手放すことになるわけだが、それも違う。



ええ、あなたには魔王を倒していただきたいのです





間男を、ですか?





いえ、魔王を、です





……


魔王を倒す。
えっと、私が勇者で、勇者である私が、間男でなく、魔王を倒すために召喚された……?



あの、ここはどこでしょうか?





はい、ここは勇者様からすると異世界です





……そう、ですか


落ち着け、私。
急速に湧き上がる動揺を抑えながら、努めて笑顔で問う。



では、ここが異世界という証拠を見せて欲しいのですが……





証拠、ですか……


蒼い髪の女性はしばらく考え込んでいたが、



勇者様の世界には魔王はいませんよね?


と、当然のことを訊いてきた。



そ、そりゃまあ……





だったら、モンスターもいませんよね?





ええ、おりませんよ





魔法はあるのぉ~?





ないです





ドラゴンはいるのか?





いません





精霊のご加護はあるでござるか?





……精霊ってなんでしょう?


皆、真面目な顔で訊いてくる。
私は徐々に自分の置かれている状況を理解し始めた。
すなわち、ここが元いた世界ではなさそうであるということを……。



では証拠として、下級モンスターを召喚してみましょう!





お、おいおい! 本当に大丈夫かよ!





大丈夫です。我、汝の力を求め訴えたり……


蒼い髪の女性は何やら一生懸命に呪文? のようなものを唱えている。



さぁて☆





……?





鬼が出るか、蛇が出るか





それはどういう……?





出でよ! スライム!


一瞬、空間が光に包まれた。
そして、一瞬で巨大な何かが目の前に立ちはだかっていた。
果たして、私は夢でも見ているのであろうか?



やっぱりな





どこがスライムなのぉ?





どう見てもゴーレムでござるよ?





はい、ゴーレムのスライム君です


蒼い髪の女性は非難されているようだが、当の本人は全く意に介していないようだ。
一方、私は認識していた。



分かりました





ここは紛れもなく異世界ですね





ははっ、あははははっ!


もはや笑うしかない。



信じていただけて良かったです





てめえら、和んでんじゃねーよ! 襲ってくるぞ!





え?


気が付けば、まさにスライム君(=ゴーレム)の腕が私に振り下ろされる瞬間だった――。
―次回を待てっ!―
