イプシロンをしりぞけて一週間がたった。
イプシロンをしりぞけて一週間がたった。



いよいよ……生活費がヤバイ!





どうしダ?





お金が本当に底を尽きかけているんだ。貯金もないし、親に仕送りの前借りを頼んだらめちゃくちゃ怒られた。





この前、「あるバイト」とやらを始めてなかっダか?





道路工事の仕事はイプシロンの騒動でクビになったんだよ。





なんだか最近は「地球飯」ではなく、「金欠飯」になってきダな。





え? なんか今、メタっぽいこと言った?





なんでもないダ。





とにかくお金がないんだ。あ、でも別にラムダに働けって言ってるわけじゃないから。





わかってるダ。当然ダ。





……前回、わりと絆的なものが生まれたと思ったんだけどなー。まあ、日常に戻ると結局はこんなものか。





そういやラムダの右手もいつの間にか治ってるし。





で、どうするダ?





あ、うん。とりあえず安くてご飯がいっぱい進むような食材でどうにか乗り越えようと思ってるんだ。幸いお米だけは実家からたくさん送られてきててるから。





要するに触媒というわけダな。





……触媒? 食べ物で妙に化学的な言葉だなあ。……って、んん? そうか、アレだ!





アレとは何だ? 禁呪か?





もしかしたら、それに近いものかもしれない。





星野亘。どこへ行くつもりダ?





……最寄りのスーパー。


僕はラムダと一緒にスーパーにやってきた。
もっとも店内を物色したりはしない。
僕は一直線に該当の棚へ向かった。



あった、これだ。


僕は件の商品を手に取った。



何をそんなに仰々しくしているのだ。ちょっと貸すダ。





マヨネーズ? なんだこれは?





ああ、やっぱりマヨネーズのこと知らないんだ。それはドレッシングでもあり、ソースでもあり、調味料でもある不思議な食品なんだよ。





成分は……オイルビネガーとエッグを混ぜたものか。珍しくはないダ。





そうなんだ。だけど、そのブレンドが絶妙……っ! 特に日本のマヨネーズは神がかっていて、海外では中毒者が続出したとか、しないとか。





常習性がある、ということか。





どんな食べ物にかけても合う。文字通り、何にでもなんだ。末期になるとこれだけを主食にしたりするんだ。





なるほど。本当だとしたら優れた食品ダ。だが、何か代償があるのだろう? そうでなければ敬遠する理由がない。





カロリーがめちゃくちゃ高いんだ。要するに……太る。





なんダ。そんなことか。そんなのは自己管理ができない本人の問題ではないか。





その点、我は大丈夫ダ。地球人よりも高次元の存在だから、いくらでも自身をコントロールさせられる。自制の効かない地球人とは違うダ。





それならいいんだけど…。


マヨネーズを買って僕らはアパートに戻ってきた。
ちょうど炊飯器のご飯が炊けたところだった。



それじゃあ、ご飯にマヨネーズをかけて、と。





いただくダ。





うーん、やっぱり美味しいなあ。日本のマヨネーズは世界一だ。万能細胞ならぬ、万能食品だよ。





……………





あ、気に入ったっぽいな。





……こ、これがマヨネーズ?





……ご飯が、ご飯が、進むくんダ。





むしろ、ご飯なんかいらないダ。マヨネーズだけで存分にいけるダ。





あ、ヤバイ! マヨネーズの容器から直飲みを始めてる! いきなり末期症状だ!





なくなっダ。





早くもう一本、いや、十本くらい買ってくるダ。





でも今日の分の食費はもう終わり……





なんでもいいから早く買ってくるダ! 手遅れになっても知らんダ!





わ、わかったよ(あーあ、結局いつものパターンか……)


それから数日後。



ただいま。ラムダ、今日もマヨネーズを買ってきたよ。





……って、アレ?





おかえりダ。





誰?





何を言ってる。我ダ。ラムダ、ダ。





嘘つくなよ。ラムダはそんなにムーミンっぽくないよ。いや、フローレンかな?





……星野亘は我のことをいきなり忘れてしまっダのか? それともイプシロンに記憶をいじられでもしたのか?





……もしかして本当にラムダ?





そう言ってるダ。それより早くマヨネーズを寄越すダ。





……太ったよね?





そうダろうか? いや、そうでもないダろう。





頭のアンテナみたいなやつは?





高感度受信機のことか。なんだか最近頭が締め付けてくるようになっててきたから外しダ。





いや、だからそれ、太ったんだってば!





し、失礼なことを言わないんダ。それより早くマヨネーズを飲ませるダ。





マヨネーズは飲み物じゃない!





て、抵抗するのか? 最近ちょっと優しく接した途端につけ上がるとは。仕置が必要なようダ。


ピーーーーーッ!



ヤバイ! ブルーレイだ!





……って、アレ? 来ない?





お、おかしいダ。こ、攻撃が正常に作動しなダ。





……太ったからじゃない?





違うダ。





いや、どう考えても太ったことにより健康不良だよ。ふくよかだとか、ぽっちゃりなんて言葉のチョイスの問題じゃない。見まごうことなきデブだよ! デブ! デブダ!





デ…ブ…ダ?





っていうか、光線も出せないほどの激太りってどういうことさ? またイプシロンが襲ってきたらどうするんだよ? ピンチじゃないか!


そう言った矢先のことだった。



よお、また来たぜ。今度は前のように容赦はしないぜ。一瞬の躊躇もなく五臓六腑ボーンしてやるからな。





噂をすれば……! 今度こそ終わりだ!





……マ、マズいダ。絶体絶命ダ。





……あれ? つーか、ラムダは?





……なん…ダ?





え? ラムダはそこに……





……いや、待てよ。





ラムダは故郷の星に帰ったよ。地球にはもう愛想つかしたってさ。





マジかよ。すれ違いかよ。面倒臭いな!





じゃあ、こいつは誰? この男か女かわからないオブジェみたいなデブは。この前いた、オギノって女でもないしな。





……………





ええと、僕のルームメイトなんだ。





あっそう。興味ないからどーでもいいけど。





ま、ラムダが帰ったならもう用事はねえや。おまえも命拾いしたよな。じゃあな!


イプシロンはあっという間にその場から掻き消えた。



……た、助かった。良かった。ねえ、ラムダ。……ラムダ?





……………


ラムダはしばらく虚ろな顔で黙り込んでいた。
それからやがて小さくポツリと呟いた。



……ダイエット、始めるダ。


次回、
客を選ぶタイプの頑固ラーメン
