鬱田は座卓に置かれた湯呑の茶を啜った。お前もどうだ、と勧められた音耶は、ありがたく湯呑を受け取る。
しばらくそのまま静寂が響く部屋で男二人茶を啜るというシュールな光景が続いたわけだが、それを破ったのは音耶の携帯電話だった。



で、体調の方はどうだ





ああ、おかげさまで。悪いな、長居しちまって





構わないさ。どうせ人を招くための屋敷みたいなもんだ、この広さは俺と家族だけじゃ持て余す。どうせその家族も、仕事だなんだといないことの方が多いしな





金持ちのテンプレだな





その通りだ。……教師やって、一人で狭いアパート暮らししてた方がよっぽど肌に合うさ。仕事してるときゃあんだけ働きたくないと思った癖に、仕事無くしたら今度は働きたくなるもんだな





真理じゃないか。ないものねだりは誰にだってあることだぞ





……そうだな


鬱田は座卓に置かれた湯呑の茶を啜った。お前もどうだ、と勧められた音耶は、ありがたく湯呑を受け取る。
しばらくそのまま静寂が響く部屋で男二人茶を啜るというシュールな光景が続いたわけだが、それを破ったのは音耶の携帯電話だった。



恵司からか?





ああ。……もしもし





“恵司か? お前に事件に介入させる気はなかったんだが、ちょっと協力して欲しいことが出来た”


携帯電話なのに、わざわざ、しかも"恵司か?"という台詞を使った恵司に、音耶は恵司の傍に警察の誰かが居るのだと判断する。埴谷ならまだしも、高良のような者が万一傍で聞き耳を立てられていると面倒なので、そっと鬱田に静かにするようアイコンタクトを取ると、鬱田は黙って頷いた。



“何だ音耶。どちらにせよ素敵な女の子が死んでないと協力する気は起きないぞ? 前の事件、忘れたわけじゃないだろう”


麻衣達の前とは違い、本人が相手だからか思いの外言葉はすらすらと紡がれる。それはまるで、予め用意した台本を読んでいるかのような感覚である。



"お前またそんなことを……。安心しろ、被害者は女だ。死んでる"





“刺殺か、絞殺か? ああ、言うなよ、当ててやるから”





"下らない事をしている場合か……。そんなことはどうだっていいんだ。今から容疑者候補の人間の連絡先を送る。適当に情報を引き出してくれ"





“んだよ、生きてんじゃん”





“しかも男だ。ただまぁ、こういうのはお前の方が得意だろう。……俺は美術の才能は無いんだ”


最後に恵司が付け足した言葉で、音耶は全てを悟る。ああ、確かにこれは自分でなければ出来ないな、と。



“わかった、任せとけ。何か分かったら連絡する”


そう言って通話を切ると、すぐさま一通のメール。書かれているのは恵司が使った偽名である河原ツカサとしてのSNSアカウントのIDとパスワード。それから、調べて欲しい男の名前。音耶はプライベート用の携帯でそれを手早く入力すると、過去のログを読んだ。



おい、恵司は風邪なんじゃなかったのか





悪い、嘘吐いた





お前……もうちょっと隠そうとかそういう気はないのか





お前には隠し切れないだろう。それに、それだけ信用してるんだ


悪びれる様子も無ければ、照れる様子もない音耶の言葉だが、鬱田は悪い気はしなかったのかそれ以上追及するようなことはしない。しかし、何をしているかは気になる様で、鬱田は音耶の携帯を覗き込んだ。



今度は何をする気なんだ





こいつから情報を引き出す。多分、結構大事な仕事だ





そうだろうな。……あ、俺が見ても平気だったか?





ん、止めても見るだろ





お前らじゃないからそこまではしないが……でも、気になることは気になるな





口外しなきゃいいさ。それだけだ


それじゃあ、始めますか。そう言った音耶は、SNSに書き込みを始める。きっと、犯人も反応する言葉を使って。
