◆ 二人の姉妹と俺
◆ 二人の姉妹と俺
しばらく変化のない日常が続いた。
いつものように授業を受け、俺はいつものように体育の時間に倒れて保健室へ運ばれ、そして桐原と少し話をする。そのまま桐原は俺と一緒に教室へ戻り、残りの授業を受ける。
美晴には昼飯時に突撃され、授業の合間には、今日は辞書を忘れただの教科書を忘れただのと、勉強道具を貸す。
夜は夜でファンテと共に爺さん捜しのために町を徘徊し、そして収穫も何もなく老夫婦の家へと帰る。
ガーネットはあの日以来やってきていない。奴は本気で俺の命を狙っているのか、まだ計り知れなかったが、出会わない日々が続いて、奴に対する恐怖は薄れつつあった。この油断がいけないんだが。
日差しの強い夏が近くなった今日も、俺は保健室で目を覚ました。そしてベッドから起き上がって桐原の姿を捜す。
彼女はいつもの席で小説を読んでいた。夢中になっているのか、俺が起きた事に気付いていない。



桐原


俺が声をかけると、彼女は栞を挟んでニコリと俺に微笑みかけてくれた。



ごめんなさい。本に夢中になっていて





面白いのか?





うん。ミステリーなんだけど、優しい文章が心地よくて


桐原は表紙を俺に向けてタイトルを見せてくれた。



わたしが読み終わったら読んでみる?





いや、俺はちょっと読書とか苦手だから





そう


桐原は小説を鞄の中へと仕舞いこみ、俺の傍へとやってきた。二つに結いだ髪からシャンプーの良い香りがする。



そうだ、桐原


俺が問いかけると、桐原は首を傾げる。



美晴と話し合えたか?


そう問うと、桐原は困ったように口元に手を当てた。そして伏目がちになる。



……まだ……なかなかタイミングが難しくて





美晴は気分屋だからな





ええ。できるだけ落ち着いてる時に話したいんだけど……


やっぱりこの二人は分かり合えないんだろうか? 俺は桐原に同情する。
桐原も美晴も、どちらもただの人間だ。一緒に暮らす姉妹だとしても、誤解もあるだろうし、いがみ合う事もあるのは分かる。
だが二人だけの姉妹がここまでお互いを嫌煙しあうだなんて、あまりに悲しいじゃないか。
俺はファンテと姉弟のように過ごしてきて、お互いいなければならないほど互いの身を案じる良い関係で在り続けている。おれたちほどとは言わないが、桐原たちも互いに向き合ってもらいたいものだ。



教室、行くか?





ええ


俺はいつもとおり、桐原と一緒に教室へと戻った。
昼休み。いつものようにファンテと屋上で時間を潰していると、これまたいつも通り美晴が弁当を片手にやってきた。



あー! 今日ももう食べ終わってる! たまにはアタシを待っててよ





俺もファンテも小食なんだ。お前と一緒にするな


ファンテは、いつもいつもやってくるこの闖入者の事はもう諦めているらしい。頬杖をついたまま、ぼんやりグラウンドを眺めている。



さぁて。今日のお弁当はどんなかなぁ?


俺の隣で弁当の包みを開き、いそいそと箸をおにぎりに突き刺す。



おい、美晴





ふぁにー?


口の中の物を飲み込みながら、美晴はこっちへ顔を向けた。



お前はいつも強気なんだから、とっとと桐原と話して和解しろよ。二人だけの姉妹なんだろ


美晴はゴクンと喉を鳴らして口にいれたおにぎりの一欠を飲み込み、視線を落とした。



だって……怖いんだもん





お前から話し掛けてやれば、桐原もちゃんと聞いてくれるから





エンリケ! あんたにはアタシの気持ちは分かんないよ! 美雨は本当に変わっちゃったの!


美晴は泣き出しそうな顔になって項垂れる。



アタシも勇気振り絞ろうとしてるの。だけど美雨を見てると、怖いって気持ちとイラッとするのでなかなかタイミングが掴めなくて


まただ。この姉妹はまた同じような間の悪さで関係を戻せずにいる。
桐原と美晴は見た目はそっくりで中身は全く違うと思っていたが、こういった面ではあまりにそっくりな心情を持っているようだ。なら必ず分かり合えると思うんだけどな。



美晴。お前がそんなでどうするんだ? お前のいいところは無鉄砲で怖いもの知らずな所だろ





酷い言い草だね、エンリケ。アタシだって怖いと思う事、あるんだから


彼女の答えに、俺は満足しない。更に励ましてやろうかと思った時、無視を決め込んでいたファンテが口を挟んだ。



あのさ。二人きりで話せないなら、エンリケが間に立ったらどうなの?


ファンテは面倒くさそうにこっちを向いて俺を見つめている。



俺を間に?





エンリケとそっちのあんた。それからエンリケとあの陰気な子。二人共通の知り合いがいるんなら、間に立ってもらって話せば話しやすいんじゃないの?


俺はパチンと指を鳴らした。



ファンテ、いや姉さん。名案だ





伊達にあんたの姉してないよ


実際ファンテが召喚されたのは俺より後だが、俺が生活する上で、ファンテは本当に姉さんのように振る舞ってくれる。頼りになる使い魔だ。



エンリケ……ホントに間に立ってくれる?





ああ。俺で役に立てるなら


美晴の表情に笑みが零れた。



じゃあ今週の日曜。お昼からとかでどうかな?





うん、いいよ! 美雨への連絡もエンリケに頼める? あの子を誘うのもアタシにはちょっと……





分かった。後で連絡しておく





多分美雨も日曜の用事はないと思うから


美晴はすっかり安心した様子で弁当を食べ始めた。美晴はやっぱりいつでも強気な笑顔の方がいい。俺も嬉しくなって、美晴の食べっぷりを眺めていた。
しかし不安はある。本当に俺が間に立って二人の長年の仲違いを治せるものなんだろうか? いや、俺にしかできないのか。
ファンテは俺を見つめながら、やれやれといった様子でため息を漏らしていた。
