◆ 美雨と美晴
◆ 美雨と美晴
植物園から帰る途中でファンテと出会った。そこで桐原とは別れ、俺はファンテに植物園であった事を話す。もちろんガーネットの事もだ。



ヴァンパイアがいるの、この町に?





自称ヴァンパイアだが、多分本物だと思う。ただ不思議なのは、奴はこの日中に屋外に出ても平気な面をしていたんだ


ファンテは考え込み、そしてフンフンと鼻を鳴らした。



エンリケと同じって事? あたしにはやっぱり主様のにおいとか、他のヴァンパイアのにおいは感じられないよ





ファンテには分からない、か……


これまでのように、危機に直面してからファンテを呼んでいては間に合わない。かといっていつでもファンテと一緒に行動するというのも、人間のふりをして学校へ通っている現状では難しいだろう。さて、どうするか。
俺がヴァンパイアの魔法を自由に使えれば、多少の問題解決にはなるんだが、それも俺の体質じゃ、ままならない。このヴァンパイアらしからぬ虚弱な体質が恨めしい。
そういえば俺、少しだけ魔法を使ったんだ。明日は学校だが、寝込んだりしないだろうか? 今は何ともな……い……?
そう思った矢先、酷い頭痛が俺を襲った。同時に来る吐き気。反動が今頃来たのか!
倒れそうになった俺はファンテに抱えられ、ズルズルと彼女に身を委ねる。



エンリケ、大丈夫?





……いや、無理……


目は廻り、自力で立つ事もできない。ファンテにすがって、俺はなんとか意識だけを取り留める。
その時、背後から誰かが駆けてくる音が聞こえた。振り返ると桐原がいる。



ダミルア君! 大丈夫なの? さっき無理をしたから?





桐原……へ、平気だよ。ちょっとめまいがしただけだから


思わず強がってしまう。だがそれは逆効果で、桐原はファンテとは逆方法の俺の腕を自分の肩に回した。



わたしのせいでごめんね





桐原のせいじゃない





ええっと、キリハラさん。エンリケを家まで運びたいから、あなたは帰ってくれる?


ファンテが桐原を追い払おうとする。



手伝います





だーかーら! あたし一人で大丈夫だって。あなたはさっさと帰りなさい





でも……





あたし一人の方が運びやすいの


ファンテはピシャリと言い放ち、桐原を追い払う姿勢だ。



桐原。ファンテ……姉さんはこう見えて力が強いんだ。姉さんを頼れば俺は平気だから、桐原は安心して帰って大丈夫だよ


俺の言葉に桐原は戸惑いながら、腕を離した。



あの……無理しないでね。また元気な顔見せてね





桐原、今日はごめんな。俺から誘ったのに





いいの


桐原は何度も振り返りながら帰っていった。ファンテがやれやれとため息を吐く。



エンリケ。相当深入りしてるね、あの子に。人間にあんまり変な感情抱くんじゃないって言ったのに





桐原は特別なんだ。もし何かあれば……記憶を消せばいい





あんたに言われなくてもそうするつもりだよ


俺はファンテに抱えられながら、家路へとついた。
翌日の月曜。俺は学校を休むまでに衰弱していた。嫌な予感はしてたんだ。最近、魔法を使った後の反動が強すぎる。俺の体がますます持たなくなっているという事だろうか?
これじゃいつかまたガーネットと遭遇した時に対峙できないじゃないか。何度も繰り返すが、いつもいつでも、使い魔であるファンテといる事はできないんだ。
俺は目を覚ましてから、はぁと何度もため息を吐いていた。
ガーネット。俺を生かしたいと言ったり、殺したいと言ったり、言動がフラフラとした自称ヴァンパイア。一体何者なんだろう?
殺すと言った割には敵意を感じなくて、少々荒っぽい遊びをしているような印象だった。生かすと言った時は、俺の体調を気にかけ、魔法を強引に中断させてきた。じっくり話し合えば、俺たちの事も奴の意図も分かり合えるような気もしないではない。
味方になるという前提で話を進めるなら、爺さんを捜す上で、奴にも協力を仰ぐべきじゃないだろうか? いや、爺さんの事は俺とファンテの問題だ。他人を介入させるべきじゃない。
でも居場所のヒントくらいもらえないだろうか? 奴はこの町にずっといたらしいから、この町の裏事情を知っているかもしれない。
動けない分、いろいろ頭を悩ませていたその夜だ。少し遅い時間に、俺宛てに電話が掛かってきた。
取り次いでくれたじいさんは『こんな遅い時間に電話を掛けてくるなんて、しつけのなってない子だ』と、さんざん文句を言っていたが。



はい、エンリケです


俺が電話に出ると、受話器の向こうの相手は小さく息を飲んだ。そして遠慮気味な声で語りかけてくる。



今日、休んでたけど、もう起きて大丈夫?


桐原だ!
俺の心臓が高鳴る。



桐原、心配させてごめん。俺はもう何とも無いから





そう。携帯の番号分からなかったから、家に掛けちゃったけど、迷惑じゃなかった?





じいさんがちょっと怒ってたけど、大丈夫だよ。それに俺は携帯を持ってないし


受話器の向こうで小さく笑う声がした。携帯を持たない高校生というのは、そんなに珍しいものなんだろうか?



それより何か俺に用事?





あ、うん


桐原はかなり戸惑っているらしい。歯切れの悪い言葉を口にしては、何度も言い淀んでいる。



あ、あのね。相談したい事があるんだけど……明日の放課後、付き合ってもらっていい?





俺に?





うん。嫌?


桐原の胸の高鳴りが聞こえてきそうだ。この一言を言うのに随分勇気を振り絞ったと分かる声音だった。



俺でいいなら聞くよ。じゃあ放課後、どこで待ってればいい?





あ、うん! じゃあ……ええと、屋上でどうかな?





いいよ。授業が終わったら待ってる


快諾すると、はぁと胸を撫で下ろすかのような、安心のため息が聞こえた。桐原らしいな。ちょっとの事で緊張しちゃうなんて。



ありがとう。それじゃあ明日。おやすみ





おやすみ、桐原


俺は受話器を置き、小さくガッツポーズを決めた。桐原が俺を頼ってくれるなんて!
今まで俺は誰かに頼られるといった事がまるでなかった。当然だ。故郷では出来損ない扱いだったんだから。
爺さんとファンテの庇護を一身に受け、仲間の目から隠れながら過ごしてきたんだ。そんな俺を頼りにする奴なんて、一人だっていなかった。
俺は小躍りしたい気分で自室へ戻り、布団へ潜り込んだ。早く明日にならないかと、まるで子供のように胸をときめかせていた。
