その、次の日。
その、次の日。
セツナは再びユキの家の玄関前に来ていた。
昨日のことが、心に重い。事情は分からないが、ユキに悪いことをした気がする。だから、会って謝ろうと思いユキの家まで来たのだが、何故か、玄関チャイムを鳴らすことすら躊躇っていた。
とりあえず、もう少し落ち着こう。そう思い、ユキの家を離れる。
少し歩いたところで、見知った影とすれ違った。
あれは、……確か、昨日会った。



あ……


相手の方もセツナに気づいたらしく、小さく声を上げる。間違いない。マリアのカレシ、ソウイチロウ、だ。



ちょっと、良いか?


そのまますれ違うと見せかけたソウイチロウが、セツナをじろっと眺めてから人差し指を道の向こうに向ける。その指の先にあった喫茶店に、セツナはソウイチロウの後ろから入って行った。



なんでも好きな物を頼むと良い


お坊ちゃんらしい物言いに、腹が立つのを何とか押さえる。
だが。……何故自分を誘ったのか、その訳を聞くことの方が先だ。



何の用だ


だから単刀直入に、そう訊く。
セツナの言葉に、ソウイチロウは少しだけ口の端を上げたが、すぐに真顔に戻った。



勿論、ユキの事さ


落ちた声の調子に、違和感を覚える。こいつは、何を話す気だろうか。
セツナの不信感に気づいたのかどうか分からぬまま、ソウイチロウは運ばれてきたウインナコーヒーを一口啜ってから、徐に話し始めた。
ユキが、家族と花火を見に行ったその帰り道、事故にあって両親と妹を一度に失ったこと。マリアの家に引き取られ、優しく理解のある人々に囲まれていても、楽しかった最後の思い出とその後の忌まわしい事故の記憶が、ユキを捕らえて離さないこと。それ故、ユキが花火を忌避していること。幼馴染みしか知らない話に、セツナはいつの間にか引き込まれていた。
やっぱり。ユキは、……自分と同じだ。



ふん


話が一段落付いてから、鼻を鳴らす。ソウイチロウをバカにする気はなかったが、自分のセンチメンタルな感情を彼に知られるわけにはいかない。



何故、俺に話す?


ソウイチロウをじっと睨むと、彼の方も視線を返してきた。



信用できる奴だと、思ったからさ
……マリアは色々言ってるけど


ソウイチロウの答えは、セツナには拍子抜けするほど単純だった。やはり「お坊ちゃま」だ。セツナはもう一度、鼻を鳴らした。
だが。



それに
……これは、マリアには言ってないんだけど


不意に、ソウイチロウがセツナから視線を外す。



……ユキの命は、長くない





えっ


アイスコーヒーに伸ばしかけた腕が、止まる。



嘘だ


思わず、セツナはそう呟いた。
他人より多少虚弱に見えるが、それでも大学に通えるほど元気なユキが、そう簡単に死ぬわけがない。
しかしながら。



僕も、そう信じたいんだけどね


六月に一月ほど入院して以来、ユキは定期的にソウイチロウの実家である医院で検査を受けていた。その結果が、思わしくない。ソウイチロウはセツナにはっきりとそう、告げた。



だから僕は、ユキには自由に生きて欲しい
そう思っている


そう言って、ソウイチロウは立ち上がる。



聞いてくれてありがとう


テーブルの上の勘定書を手にして、ソウイチロウはセツナの前から姿を消した。
後に残ったのは、コーヒーが半分ほど残ったカップと、呆然とするセツナ。



クソッ!


心の中で、テーブルを叩く。
どうすれば、いいんだ。セツナの心の中は、遣り場のない感情で一杯だった。
しかし。それでも。
ユキに会わずに帰った部屋で、ふとあることを思いつく。



後悔だけは、するな


叔父の最期の言葉が、耳に響いた気がした。
