第二文芸部が使っている空き教室の扉を開くと、他の部員はもう全員揃っていた。
第二文芸部が使っている空き教室の扉を開くと、他の部員はもう全員揃っていた。



遅くなりました





はい、これで全員揃ったわね。
早速だけれど、学祭で配布する機関誌にのせる小説のプロット、今日までに書いてくるように言っておいたはずね


読んでいた筒井康隆に栞を挟んで、教室正面の教卓の前に立ったさらさらロングヘアの先輩は、黄檗禅子(おうばく ぜんこ)部長。
あたしより一年上の高校二年で、去年同学年の文芸部員たちと二人と一緒に文芸部を退部。この第二文芸部を立ち上げた設立者だ。
本家の文芸部が純文学をはじめとした、ちょっとお堅い文芸作品ばかりを扱っていたのに反発して、ライトノベルのような若者向けエンタメ作品を中心に扱う部を作りたかったのが設立の理由だそうだけど、禅子部長自体は純文も古典もラノベもJUNEもなんでも読む。
副部長のアイナ先輩と会計の多田健先輩はラノベしか読まないらしいけど。
とにかく、目下の第二文芸部の活動としては、学祭で各人一作品ずつの小説を掲載した機関誌を作るべく、まずはプロットづくりをしている。今日はその締め切りだ。



多田くんはまたキモオタヒキニートがトラックに轢かれて異世界でチート能力持ちに転生する話ね





ありきたりだけれど、そういう話ばっかり幾つも読んでる多田くんだからこそ、いいものが書けることもあるかもしれない。まあ一応合格





アイナは超絶イケメンでどんな女の子にも優しく接するモテ男が、地味でコミュ症のヒロインだけをなぜか好きになってくれて、あいかわらず他の子にも優しくしてるんだけどヒロインだけをひたすら特別扱いしてくれる話ね





アイナは恋愛描写がうまいから、きっと面白いものになると思うわ。合格。


プロットの段階で一度部長に見せるのは、つまらないプロットならリテイクを出すためなのだけれど、禅子部長はあんまり部員の作ってくるものを否定しない。
「純文学じゃあるまいし、『かくあるべし』みたいなのはないわよ。書きたいように書けばいいわ」というのだけれど……



次、雪乃ちゃんね。書いてきた?





あ、はい。


書いてきたプロットを渡す。
部活の機関誌とはいえ不特定多数に読まれる可能性のある本に載せる初めての作品という事で、物語の書き方の本を読んで勉強したり、テーマと決めたものについて専門書を読んで調べたり、昨日だってギリギリまでプロットの手直しをしようと徹夜したりした力作だが、そんなあたしの情熱が読者に伝わらないことは良く知っている。
なので、つとめて「さらっと書いてきました」という態度を崩さず、「チェックおねがいしまーす」と軽いノリで手渡す。



ふんふん。吸血鬼についてかなり調べて書いてるのね。偉いわ





実際に文章を書くためには、さらに詳しく調べる必要があるけど、頑張ってね


ほら、やっぱり伝わってない。
あれだけ全身全霊を捧げて頑張ったんだから、まだプロット段階とはいえ「これはプロでも通用する傑作や!」とか「とんだ大型新人が入ってきよったでホンマ」とか絶賛されないと釣りあわない。
なんてね。
自分としては絶対に面白いテーマ、興味を持ってもらえるテーマを選んだつもりだし、ストーリーの流れもどういう流れにすれば読者の心をつかめるか自分なりに考えたつもりだけれど、その意図を正しく読者に伝える技術がない自覚くらいある。



じゃ、次、杜子春(としはる)くん


あたしと同じ高校一年。堀川杜子春はおもむろに席から立ち上がると、ドヤ顔でプロットを部長に差し出す。
自信作なのだろう。大きく書かれた表題が、教卓から少し離れたあたしの席からも判読できる。
そのタイトルは……
『ふたりはブリキ屋』



却下





えっ! 何で俺だけ?





だってこれもうタイトルからして……何?





二人で板金加工会社を立ち上げた男達の、友情と職人魂の物語ですよ!





却下





そんな……、せめてプロットにちゃんと目を通してから判断してくださいよ





読む以前の問題なんだけど……
どれどれ?





ふむふむ。人の作った全ての金属を破壊しようとする化物が現れるのね





そっす。
あるときは潮風で金属を錆びさせる化物、またあるときは強力なドリルで金属に穴を開ける化物。
いろんな化物が入れ替わり立ち換わり現れるっす。





そのたびにブリキ屋の二人が、それに負けない板金を開発する。と





開発に成功すると、二人は開発した板金と同じ能力を持つヒーローに変身して、化物をぶちのめすっす





なるほど。却下





なんでー!?





んーじゃあね。例えば多田くん。
この杜子春くんの作品みたいな内容の小説が本屋に売ってたとして、多田くんはそれをお金出して買う?


多田先輩は、「俺TUEEEEEEEE要素もハーレム要素もないなら読まない」とにべもなく答えた。
とはいえこの先輩は、どんな名作でも俺TUEEEEEとハーレムがないと読まないので、あまり参考になりそうにない。



そんじゃ、アイナは?


アイナ先輩は「絶対読まない。板金加工業のおっさんはラブロマンスの主人公になりえないもん」と首をぶんぶん横に振る。
板金加工業だってラブロマンスの主人公になったっていいとは思うけど、たしかにあんまり読みたくない。



最後に雪乃ちゃんは? この作品にお金出す?





んー。ちょっと興味はありますけど……





でもインパクトがある反面、当たりはずれが大きそうっていうか……
おこづかいにも限度があるし、その作品を買うよりも好きな作家の作品とかを買っちゃうかもです





そういうこと
奇抜な作品はまさに今雪乃ちゃんが言ったような印象を与えるの





好きなものを書けばいい。そう思って作った第二文芸部だから、あまり他人の作品を否定したくはないけれど、あまりに需要がなさそうなものなら却下しないと向上していかないでしょ。
上達を目指さなければ部活の意味がないわ





……でも、どうしてもこれを書きたいんです





で、その作品はどんな人が読むのかしら。





……、俺に近い感性の人……っすかね





じゃあその「感性の近い人」の実在を証明してみせて。
そうしたらその作品を書いてもいいわ





……





誰も読まない小説なら、リテイクだされて当然よね





……それでも





それでも俺は、この作品が書きたいんすっ!


そう捨て台詞を放つと、杜子春は教室の扉を乱暴に開け、外へと走り去っていった。



ちょっと言いすぎじゃないですかね





でもさっき言ったとおり、向上を目指さなければ部活の意味がない
誰も読まないものをいくら書いても何も向上しないわ





しばらくほっとけば目も覚めるでしょう





……部長、杜子春の名誉のために一応言っておきますけど





何?





あいつ、別に受けを狙ってとか、奇をてらってああいうプロットを書いてきたんじゃなくて、本気であれを書きたくて書いてきたんですよ。


結局その日は、杜子春は戻ってこなかった。
とりあえずあたし達は、作ってきたプロットに沿って執筆を開始することにして、その日の部活動は終わった。

なるほど、「何を書きたいか」を優先するべきか「受けるものを書くべき」を優先するべきかというのは難しい問題ですね。
一個人なら前者でもいいかもしれませんが部活の機関誌となれば後者にならざるを得ないのかもしれません。杜子春くんの今後の行動が気になります。
感想ありがとうございます。全三回のこの物語で、杜子春がその問題に一つの答えを見つけることができるかどうか、どうぞ最後まで読んでいただけたら幸いです。
なんだか自分の仕事でも上司に似たようなことを言われた気がします。誰が読むのか⇒誰が喜ぶのか で仕事しなさいと。…がんばります!