食卓の上にはご飯とチキンのソテーが置かれていた。
湯気が上がっており、温かかった。



………………





ハッ! ここは!?





シュウちゃん、どうしたの?





え? お母さん? なんで? グリフォンは?





グリフィン? ハリー・ポッターがどうかしたの?





それはグリフィンドール! グリフィンじゃなくて、グリフォン。大きな鳥のモンスターだよ!





ごめんね。お母さん難しいことはよくわからないの。それよりご飯ができたのよ。冷めないうちに食べてちょうだい。


食卓の上にはご飯とチキンのソテーが置かれていた。
湯気が上がっており、温かかった。



……なんだか急にお腹が空いてきた。


僕は皿に手をのばした。
だけど料理は何の味もしなかった。
気がつけばお母さんの姿も見えなくなっていた。



……思い出した。僕はお母さんを追い払って、その直後にグリフォンにやられたんだった。


おそらく自分はもう生きていないのだ。
そう思ったら涙が頬をつたった。



ああ……お母さん……お母さん……お母さーん





僕はもうお母さんの手料理を二度と食べられなくなってしまったんだ。





お母さん、ゴメン。僕がバカだったよ。先立つ不幸をお許しください。





……いや、不孝だっけ?


ふと、遠くから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。



……呼んでる?


僕は目を見開き、現実に戻ってきた。



笹々木くん! 気がついた!?





えっ? 西野さん?





良かった。気絶したまま死んでしまったのかと思った。





気絶?





間一髪で笹々木くんの母さんが駆けつけてくれたの。笹々木くんは攻撃は受けなかったけど、ショックで気を失ってしまったのね。





お母さんが? え? じゃあ、お母さんは今は?





お、お母さんは……





ま、まさか僕の代わりにグリフォンの攻撃を浴びてしまったんじゃ……





戦ってる。





は?


西野さんの言葉は嘘ではなかった。
僕らから離れたところでお母さんが
グリフォンと一対一で対峙していた。



うちのシュウちゃんに酷いことしようとするなんて絶対に許さない!!! 動物だからって容赦しないわ!!!





……いや、動物って。


グリフォンは巨大だった。
とうてい人がかなうようなサイズではない。
にも関わらずお母さんは一歩も引かなかった。
自分からアクティブに攻撃を仕掛けていった。



後悔をその体に刻みなさい! 怒れる母のリミット・ブレイク! 比丘尼大姉乃拳!!!





……す、凄い。何が起こっているのかよくわからないけど、なんか壮絶! 笹々木くんのお母さん、強すぎ。





……ファ、ファンタスティック。


お母さんの圧勝だった。
グリフォンは音を立てて地面に倒れ伏した。



……南無三





…………





…………





シュウちゃん。怪我はない? 膝小僧、擦りむいたりしてない?





……う、うん。





ごめんね。お母さん、先に帰れって言われたのに、途中で悪い予感がしたから引き返してきちゃったの。





……いや、なんでお母さんが謝るんだよ。僕、助けられたんじゃないか。





なーに言ってるのよ。息子のピンチをすくうのは母として当たり前のことじゃないの。当たり前だのクラッカーよ、オホホ。





……カッコイイ。





えっ!?


やがて夜になった。
夕食はお母さんがグリフォンを料理してくれた。



おまたせー。グリフィンドールのチキンソテーよ。包丁もオタマもないから苦労したけど、味は悪くはないはずよ。





……グリフィンドールじゃなくて、グリフォンだから。





あら、そうだったかしら。ごめんね、お母さん物覚えが悪くって。





はい。茜ちゃんもどーぞ。





あ、ありがとうございますっ!


グリフォンの肉は初めてだったけど、
基本的には鶏肉と同じような食感で食べやすかった。



……美味しい。お母さんの料理の味だ。





……僕は一人では何もできなかったくせに、お母さんを邪険にしてしまった。





好きな女の子と異世界に来れて、舞い上がっていた。浮かれていた。調子に乗っていた。ダメな息子だった。まさに愚息ってやつだ。





…………





お母さん!


僕は意を決してお母さんに呼びかけた。



ん? シュウちゃん、どうしたんだい?





今日はありがとう。異世界に来てくれて。モンスターから助けてくれて。それに料理も作ってくれて。





とても美味しかった。あたたかかったよ。





あらあら。シュウちゃんったら。改まってそんなことを言うなんて珍しいわね。





僕は今日、お母さんが僕のお母さんでいてくれてよかったと思ったんだ。だから言葉にして言いたい。ありがとう、って。





やあねえ。照れるわねえ。





……美しきかな、親子愛。


しかしは物語はこのまま幕を閉じない。
むしろ、これからだった――



あ、そうそう! 昼間からずっと聞こうと思っていたんだけど、シュウちゃんは茜ちゃんとは付き合ってるの?





はあっ!?





え?





茜ちゃんがプリティーキュートなべっぴんさんでよかったわ~。でも最近の子たちはませてるって言うじゃない? だから進展具合はちゃんと確かめておこうと思ってね~。





いやいやいや。確かめるってなんだよ!? 息子のプライベートにズカズカ土足で踏み込んでくるなよ!





いいじゃなーい。お母さんもまたには若い頃に戻ったつもりでガールズトークがしたいのよ。さあさあ、茜ちゃん。うちのシュウちゃんとはどこまで進んでいるの?





え? でも笹々木くんとはただのクラスメイトで……





ただのクラスメイトでも、一緒に異世界に来ちゃうくらいなんだから、多少は憎からずに思っているんでしょ?





それに茜ちゃんはシュウちゃんが部屋に隠している雑誌のグラビアアイドルにそっくり! シュウちゃんの好みド・ストライクなのねー。





お母さん!


何を言ってもお母さんは止まらなかった。
僕の堪忍袋の緒はものの数秒で切れた。



今すぐ家に帰れよ、クソバババ!!!





あらー、ついさっきはありがとうなんて言ってたのに、酷い言いようねー。





でもお母さん、もう一人で帰ったりはしないわ。シュウちゃんと一緒に帰ることに決めたから。この世界はちょっと危ないもの。





うるせーよ! さっさと帰れよ!!!





それはできないお願いねー。オホホ。


次回! 『笹々木、覚醒』
