――起きなさい。
――起きなさい。
――起きなさい、ガンジー。



……。


光の中とも、闇の中とも。
インダスの彼我のどちらともつかぬ空間で。
老人の身体を、やわらかな声が包み込む。



……私は……





……えっと……





……どちら様でしたでしょうか


――目覚めなさい、ガンジー。



八割ほどは覚めているのですが、ここがどこだかわかりません





あなた様はどちら様、でしたでしょうか





お忘れですか、わたしです





あなた方に釈迦と呼ばれ、とてもとてもリスペクトして頂いているものです


目映い後光をまといやさしく語るその姿に、老人は悟った。



ああ、お釈迦様……





後輩から拝借した車をちょいと業(カルマ)しちゃった時とかに、





Oh,Goddamn!
せっかくの新車がおシャカだぜ!





って思った事もありましたが、





あなたがその……お釈迦様……!





お前……!





今のカミングアウトひとつで色々と台無しになり兼ねないぞ……!





かまいませんよ……もうこの私の命は、絶たれているのですから





お釈迦様のお迎えだなんて、なんとも畏れ多い話じゃありませんか





さあ、参りましょう


1948年、インド。
パキスタンの独立に前後して巻き起こっていた宗教暴動の嵐の中、政治指導者ガンジーは凶弾に倒れた。
ガンジーの非暴力主義をムスリムに対する過剰な譲歩と見なした過激派、ヒンドゥー原理主義者による襲撃だった。
あなたを許しましょう
銃弾に命果てる間際、ガンジーは言葉無く、その心を彼に遺した。
ヒンドゥーの信徒であるガンジーが、イスラムに伝わる、己の額に手をやる仕種で。



そう、あなたは死にました





最期まで非暴力を貫き、数多の人を導き生きたあなたです





母なるインダスの向こう岸で、ゆっくりと魂をお休めなさい





……なんとありがたい





私も少し、疲れました





卑小な私のこの生が……少しでも……皆の心を安らげるに……役立っていれば……





と、思うじゃん?





えっ


釈迦の思わぬ引っくり返しに、ガンジーは閉じかけたまぶたを再び開く。



あなたにはまだ、やらねばならぬ事が残っているのです


まどろみかけた意識の中で、ガンジーははてと小首を傾げる。



インドとパキスタンの争いを、裏で煽動している魔の者がいるのです





ヒンドゥーとイスラム、二つの教えの信徒達を争わせる事で、人の邪心を煽り立てて食らう、恐るべき者……





許しましょう!





えっ、だ、ダメだよ許しちゃ!


唐突に話をぶち切ったガンジーの慈悲の言葉に、さしもの釈迦もうろたえる。
だが、ガンジーは至って冷静であった。
冷静に考えた上での、結論であった。



詳しくはわかりもしませぬが、かの仇敵はお釈迦様が魔の者と呼ばれる程の、おそらくはとてつもなく強大な存在





対する私は、聖人だなどと持ち上げられてはいるものの、





実際できる事と言えば、多少の非暴力行進(アヒンサーマーチング)と非暴力回転舞踊(アヒンサーブレイクダンス)、





あとは……自家製の非暴力(アヒンサー)カレーの味にはちょっと自信があるくらいでしょうか





お前は罪も無い民衆にどんな非暴力(アヒンサー)を教えて来たんだよ……!





そんな私が、国の信徒たちをも操る強大な者に対してできる事など、ただひとつ……





許してやる事くらいじゃありませんか!





偉そうに言ってるけど完全に逃げ口上だよねそれ!





もういいからちょっとお聞き!ガンジー!





ひいっ!


かっと見開いた釈迦の眼光に、ガンジーはたまらず息を飲む。



あなたの生前の行いは、





……





さっきちょっとスルーできないカミングアウトがあったけど、それはそれとして





常人の生では為しえない多大なる”徳”として、あなたの魂に満ちています





……得?





そう、”お徳ポイント”です





具体的には39,880ポイント貯まっています





それが多いのか少ないのか、今ひとつ掴めないのですが……





商店街とかで、前も見ず走ってきたクソガキの頭が、





自分の股間にちょうどチャクラかましやがった時、





ちょうどいい高さにあるクソガキの頭を両手で掴んで顔面に思い切り膝を入れたくなる事ってよくあるじゃないですか





あれをぐっと堪えるくらいでだいたい1ポイント貯まります





あなた本当にお釈迦様ですか……?





あなたはこの”お徳ポイント”を新たな命と力に変えて、





魔の者に挑み、皆の心を守らねばなりません


不条理甚だしいと思わなくもなかったガンジーだった。
だが彼には、釈迦の言葉のすべてが嘘偽りだとは思えなかった。
無論、子供の顔面に膝を入れる喩えに軽く引いてはいたのだが、それでもこうして釈迦と対面し、再び命と使命を授かる事は、ガンジーにとってこの上ない喜びでもあったのだ。



そんな事が……





私に、できるのですか……?





後輩の新車をおシャカにしたこの私に……





心配せずとも、ちゃんと120ポイント天引きしてあります





ああ、それで半端な……





非暴力の教えを非力な民が貫くには、





人ならざる者の絶対的な暴力から、誰かが守らねばなりません





あなたにしかできないのです、ガンジー!


釈迦の説得に、ガンジーは戸惑っていた。
一度自分が命を落としたのは、この世での自分の役割を終えたからだと思っていた。
だが自分亡き後の民が今、人智を超えた危機に晒されようとしている。
それだけはいかなガンジーであっても、許せるものでは無かったのだ。



私は……





ならば私は……!


ガンジーの瞳に決意の炎が灯る。
熱く輝き始めたその火種に、釈迦の呼び声が力を与える!



さあ、再び目覚めるのです





真に魔を打ち破る闘士、





真 破 闘 魔 と し て !





そうだ、この私が、





真 破 闘 魔 ガ ン ジ ー !


つづく!
