#2 お菓子の機関車
#2 お菓子の機関車



あっぢぃー





頑張ってくださいです、
もう少しの辛抱ですよ!


土と枯れ草の色に塗り潰された、見渡すかぎりの荒野をひた歩く。
まだ昼前だと言うのに日差しが強く、先ほどの湿った森の近くにあるとは思えないほど空気が乾いていた。
定期的に暑さを訴えるミュゼの声が徐々にだれてゆく。



んで、目当てのもんはどこかなーっと





真っ直ぐいけばどこかで突き当たるはずなのですよ、この辺りが周回ルートのはずなので





周回……ねえ


目を細めて遠くを見つめる。凹凸の少ない地面を両断するように、うっすらと線が入っているのが見えた。



あったあったぁ!


今までのくたびれた様子はどこへやら、軽快な動きで大地の線へと駆け寄る。
近づいてみれば、それが黒いペンキのようなもので描かれた二本の平行線であることがわかった。
ブラシで丁寧に塗ったものではない、ただ歩きながらペンキを流して引いたような雑な線。漆黒の筋道は交わらぬ軌跡を描きながらゆるやかに曲がっている。



線路があるっつってなかったけ?





たぶんこれが線路だと思うのです





……線路ってもっとこう、レールとか
枕木とかでできてるもんじゃないの





私が作ったときはちゃんとレールがあったのですよ





でも育ちすぎて収まらなくなったみたいで……
自分で描いちゃったのかな……





またそのパターンかい


本を抱えて縮こまるココを横目に、ミュゼはその場に這いつくばって線路(仮)の調査を始めた。顔を近づけて嗅いでみると、砂糖と何らかの薬品を混ぜたような刺激臭がする。



……もしかして


固まったペンキのようなものを指でこすり、舐めとる。ミュゼはその独特すぎる味を知っていた。



リコリス菓子か





りこ?
よくわからないのですけど、それもお菓子の一種のはずですよ





菓子のレールの上を菓子の機関車が走るのか、随分メルヘンだねぇ





だってそんな乗り物があったらすてきじゃないですか?





燃料はお砂糖と小麦粉、車体はクッキーで
窓が飴、煙は綿菓子なんです!
お腹が空いたら齧ったっていいんですよ





それ走行中に分解すんじゃね?


楽しそうなココの説明を頼りに、次の獲物を想像する。
食べてほしい、と依頼されたのは菓子でできた機関車。何でもココが直々に設計し走らせたものらしい。
いかにも少女らしい格好をした彼女の趣味なのだから、パステルカラーでデコレーションされたアイシングクッキーか何かで出来ているのだろうか。
どうやって動いているのかは想像もつかないが、彼女が言うのだから可能なのだろうと考える他はなかった。
このココという少女は、この世界で最も大きな力と権限を持っているだから。



お、噂をすれば早速来たっぽい


耳を澄ますと機関車の駆動音らしき音が僅かに聞こえてきた。徐々に近づいてくるそれに轢かれてしまわぬよう、二人は線路から距離を取る。
力作との再会に心を躍らせるココの前に現れたのは、ミュゼの想像よりも遥かに大きなものだった。



…………





…………


レールと同じ漆黒の先頭車両が、いくつかの車両を引き連れて地鳴りと共に荒野を走り抜けてゆく。
ミュゼの三倍は背丈があろう真っ黒な塊を、二人はただ呆然と見送ることしかできなかった。とても飛びついてどうこうできる早さではない。
ココはあっという間に遠くなった機関車を呆然と見送っている。



私のエンジェリースイートプリンセス号ちゃんが……あんなにいかつい姿に……





あれそんなかわいい名前あったんだ


高く吹き上げられた灰色の綿菓子が地面に落ち、やがて消え去った。
綿菓子が消失した後には、機関車が零していったと思しき真新しい飴ペンキだけが残っていた。
翌日、二人はまた同じ場所で機関車の通過を待っていた。



上手くいくといいですね!





んだねー





でも……本当にいいの? かわいがってたんでしょ?





……はい


ココが躊躇いがちに目を伏せる。
ちらりと見た線路は途中で途切れ、異なる向きに描き直されていた。乾いた飴ペンキをすくって無理やり新しい線路を作ったのだ。
出来栄えの最終確認をしたミュゼは、よし、と頷いて、手にしていたシャベルをバッグにしまい込んだ。明らかにバッグより大きなものが収納されてゆく様子にココは興味を示さない。ただ線路を見つめるのみだった。



エンジェリースイートプリンセス号ちゃんも、本当は食べられたがっているはずなのです





でも、こんな世界で存在を保つために、
あんな鎧みたいな姿になってしまって……
今はもう走り続けることしか……


少し震えた、今にも消え入りそうな声で語る。
ミュゼは少女の頭を軽く撫で、胸を張って応えた。



任せなって、あたしが最後まで面倒見てやるよ





……お、来た


遠巻きに見えた黒い姿が迫ってくる。



下がるよ





はいです


先日よりも余裕を持って線路から距離を取った。
メルヘンを捨てた豪速が、地に描かれた線路をなぞりながら、大型の自動車めいた動きで突撃する。
ねじ曲げられた線路を辿るが、それは途中で途切れている。機関車はそれでも止まること無く走り続け、そして行く先にそびえ立つ岩山に――



ひゃっ!


ミュゼはココを爆風からかばいながら、砕け散る機関車の最後を見届けた。不思議と炎上はしなかった。
歩み寄ってみれば、様々な菓子の匂いが入り混じって漂ってくる。
内装はクッキーで座席のクッションはマシュマロ。大破した機関部からはジュースらしき液体と色鮮やかな飴が流れ出し、混ざり合って次々と破裂していた。炭酸ガスが封入されているのだろうか。



……もしかして


硬い金属のように見えた外殻の破片を拾う。触れた感触は以外にも柔らかく、ゴムのようだった。
砂を払い落として口に含むと、リコリス菓子の刺激的な風味が脳天まで突き抜ける。



これ、外殻も飴みたいなもんだね。
人を選ぶ味だけど、ギリ食いもんだ





ほんとに……?





スイートラブリープリン号はあんたのために最後までお菓子であり続けたんだよ





エンジェリースイートプリンセス号ちゃん……


涙ぐむココをよそに、巨大なクッキーとマシュマロに齧りついた。クッキーは口の中でほろほろと崩れ、マシュマロはしっとりと柔らかく唇に寄り添う。
優しい甘みが疲れた体に染み渡った。



よし、茶淹れるか!
ティータイム兼昼飯だ!


魔法のウエストバッグから茶器を引っ張りだしながら、ふと先ほどの線路の行く先について考えた。
機関車が走っているなら駅がどこかに存在するはずだ。駅があるなら街も。
ココはなぜそのことを黙っているのだろうか?
あと:4品
